ネければならなかったのは、だから当然なことなのであった。それ故こうした個々事象を結合するような機械的な必然性[#「機械的な必然性」に傍点]――決定性――は実はどこにもあり得ない。
本当の必然性は、それ自身偶然性との弁証法的な統一の下に、初めて必然性であることが出来る。存在は単純に必然的であったり、単純に偶然的であったりするのではない、必然性と偶然性との節度ある結合の下に置かれているのである。――存在は本質[#「本質」に傍点]と現象形態[#「現象形態」に傍点]とを以て初めて存在する、本質は現象形態を縫って、現象形態を通じて、自らを一貫する。処でこの本質は存在に於ける必然的なるものであり、之に反して現象はこの[#傍点]必然的なるものの偶然的なるもの[#傍点終わり]の外ではない。こうして正当に理解されたものが必然性の弁証法的概念である。ここでは因果の概念も亦弁証法的に理解されねばならぬ。決定論はここでは機械的決定論ではなくて正に弁証法的決定論[#「弁証法的決定論」に傍点]でなければならぬ。
こう考えて来ると、この弁証法的決定論がかの所謂「決定論」――機械的決定論――と不決定論との和解すべ
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