fィンガーの不決定論に対して、M・プランクは依然として決定論を支持する。プランクはこう主張する、なる程感性の世界に於ては事件の予見はいつも一定の不精確さを脱することは出来ないが、物理学的世界像に於ては一切の事件が一定の与えられた法則に従って因果的に厳密に決定されている、で所謂不決定性は感性界の事件を物理的世界像へ移行する際の不精確に帰着するのだ、と。その実在論的傾向にも拘らずカントを通して或る意味のマッハ主義者に止まっているプランク――但しマッハは彼の有名な論敵ではあるが――は、かくてかの不決定性を結局単に人間の主観性(擬人化)に帰着せしめる。之は前に述べた処に従えば、不決定論者に対する充分な解答ではあり得ない。だから彼はその固持しようとする因果律を高々一種の発見的原理[#「発見的原理」に傍点]に過ぎないものにまで譲歩させる。因果律は彼によれば真理でも嘘でもないのである*。
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* M. Planck, Der Kausalbegriff in der Physik, 1932, S. 11, 26.
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 さて、決定論も不
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