Vア哲学の地盤となった。印度に於けるバラモン哲学・支那に於ける儒教や易哲学・わが国の国学・等々も、夫々の民族の神話から発生したものだと見ることが出来る。神話は併し民族の世界観[#「世界観」に傍点]を云い表わす、だから世界観が哲学の地盤となるわけである。
 世界観は無論民族によって夫々異っている。それではこの世界観から発生する哲学も亦、民族によって一つ一つ異らねばならぬ筈ではないか。実際人々はギリシア哲学とか印度哲学とか支那哲学という名を口にする。哲学のこの区別は歴史的事実としてはなる程事実である。だが哲学が単なる世界観と異る点は、それが世界観の合理化[#「合理化」に傍点]されたもの、科学的に組織[#「科学的に組織」に傍点]されたもの、だという処に横たわる。一つの民族にとって合理的に見えても他の民族の眼にも合理的に見えるのでなければ、夫は決して合理的だとは云えまい。だから哲学が単なる世界観ではなくて正に哲学であるためには、その民族的特色[#「民族的特色」に傍点]と云うものが、一つの事実[#「事実」に傍点]としての資格を越えてそれ以上に、哲学の本質[#「本質」に傍点]をなすものだと考えられ
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