ネらない筈である。――かくて社会[#「社会」に傍点]の諸事象は意識[#「意識」に傍点]によって、意識を説明原理として、初めて説明されることとなる。吾々は処で――前にも云ったが――凡そ存在を意識によって説明せねばならぬと考える仕方を一般に観念論と名づける。今や社会は、即ち又歴史は観念論的歴史観――云わば唯心史観――によって説明されねばならなくなる。このようにして社会心理学[#「社会心理学」に傍点]の本質は、第一に、観念論的歴史観[#「観念論的歴史観」に傍点]を意味するのを注意しなければならない。この場合の社会心理学の宿命から云って、この多少悲劇的な乃至は寧ろ喜劇的な結末は必然であった。
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* 「心の構造と作用に関して確実な真理の体系を建設することを要求し、又この知識を洗練し増加しようと努める処の心理学が、之まで、凡ての社会科学がその上で成立すべき本質的な共通の地盤としては、一般的に又実際的に承認されなかったということは、注目すべき事実である。」(McDougall, An Introduction to Social Psychology, Introduction)。
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 社会心理学のこの観念的歴史観を最も露骨に示すことを恐れなかったものは、最も勝れた代表的な社会心理学者G・ル・ボンである。彼によれば、著しい歴史的な出来事は、歴史家達によって之まで決して充分な説明を与えられることが出来なかった。その理由は何より先に歴史家達が心理学的見地に立つことを忘れたからなのである。歴史家達は、歴史を動かす人物の性格――指導者や群衆の――心理に関して殆んど全く無知であった。歴史的運動の初めの衝撃は、往々人々の想像するように群衆によって与えられるのではなくて、却って幾人かの指導者達によって与えられるのであるが、この衝撃に従ってその後の運動を実行に移すものは矢張り群衆でなければならない。だから著しい歴史的諸事件は皆、群衆による運動として結果しているのである。で歴史の運動を結果する動力は、群衆[#「群衆」に傍点]に、而かも群集の心理[#「心理」に傍点]に、横たわる。この群衆の心理を知らなければ、歴史の真の原因は見出すことが出来ず、従って歴史は不可解な謎となるだろう。――処が群衆の心理の特色は、それが決して理性的な論理を以
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