\―歴史社会的性格[#「歴史社会的性格」に傍点]――を中庸化し凡庸化することである。之に反して何かの理論をその問題に於て把握することは、之を歴史社会的規定に於て見ることであり、之を歴史化し、性格化し、立体化し、内容化することである。故に今や人々は、如何なる理論に対しても、之を単に何かの立場に還元し、その整合――その体系・その論理的仮定――を吟味することによって、その理論を正当に批判し得る、と思うことを許されない。理論は凡て、それを動機づけたそれに固有な問題にまで遡ることによって、そしてただ其処からのみ、その性格を把握されるべきである*。或る理論が有つ問題そのものを把握せずして単純にその立場の可能不可能を論ずることは、無意味であり又は有害である。この結論は今まで述べて来たことによって一義的に明白であるであろう。処がそれにも拘らず、人々は往々理論の立場の整合のみに心を奪われて、それを動機づけた問題を理解することを怠る。かくてその性格を見失うことによって、中和的となり、かくて人々は自らを公平にして批判的であると呼び得るのである。
[#ここから2字下げ、折り返して3字下げ]
* 注意すべきは問
前へ 次へ
全268ページ中90ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング