ろう。実際、或る人々にとっては、例えば宗教意識の問題が最後の最高の絶対的問題であり、他の諸問題は恐らくただ之に関係づけられてのみ、問題としての資格を与えられる、かのように見えるであろう。一般に、問題を問題としてではなく立場として理解する時――例えば最も具体的な立場を求めよと云うが如き場合――、結果するものは常に何かの絶対的問題である。之に反して問題を真に問題として理解する人々にとっては、如何なる問題も、常に或る意味に於て相対的でなければならない。ただ或る特定の相対的な問題が、他の問題に較べて、或る特定の場合に於て――そしてただ其場合に於てのみ――、その普遍的な解決のためには、より必然な問題であるということを、常にその人々は認める必要があるというに外ならない。蓋しかかる相対主義――普遍科学的相対性理論――が問題[#「問題」に傍点]とする処は、所謂絶対的なるものへ常に或る限界条件――歴史社会的な――を与えることに存する。そうしなければ凡そ問題は現実的[#「現実的」に傍点]に解決することが出来ず従って理論は実践的ではあり得なくなるから。之に反して、立場[#「立場」に傍点]としての所謂相対主
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