後の依り処を歴史的感覚の概念に託するからと云って、何か神秘的な能力に助けを求めているのではない。元来歴史的感覚は個人の性格にぞくする外はないが、個人の性格それ自身が時代の性格によって支配されており又されなければならなかった。そうすればこの能力は時代の歴史的運動それ自身によって必然にせられている筈である。というのは、個人が時代の歴史的運動――その内に個人は事実生活しているのである――に触れる時、即ち之と実践的[#「実践的」に傍点]に接触する時、忽ち必然にこの能力が機能しなければならないのである。――その成立の故郷は知られている、それは神秘ではない。事実、歴史的感覚とは正常なる・実践的なる・社会的関心以外の何ものでもない。
凡そ性格概念は、歴史的運動の概念へ関係づけられて初めて理解出来るということが、今や明らかとなった。要素的な意味に於ける歴史的運動は、従って又それを全体として展開して見せる社会は、例えば政治的[#「政治的」に傍点]動物として性格づけられる人間にとって、代表的な規定であるであろう。そして性格概念は恰も人間的な概念に外ならなかった――前を見よ。性格が実践的[#「実践的」に傍
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