黷驍烽フとしての多衆であるばかりでなく、又たえず自らを組織する処のものである。大衆はただ組織性によってのみ大衆であり得たが、組織はただ組織するという現実的過程に於てのみ組織であることが出来る。そうでなければそれは一つの静止した体系でしかないであろう。大衆はただ自らをたえず組織することによってのみ大衆であることが出来る。それ故にこそ却って、未[#「未」に傍点]組織大衆という言葉の意味も理解され得る理由を有つであろう。大衆のこの不断の組織性を特に代表している概念は、そして、前衛[#「前衛」に傍点]である。前衛とは単なる前衛ではなくして、正にただ大衆を組織する過程の上での前衛であり、そして大衆を組織するものは前衛を措いて外にはない。それ故前衛は自らを大衆から区別するに拘らず、両者は又恰も大衆の名に於て結び付いている。この――実践的な――弁証法に於て、前衛は具体的に――実践的に――大衆性[#「大衆性」に傍点]を有つのである。前衛の持つ大衆性は、前衛自らが直接に、従って抽象的に、多数であることに存するのでもなく、又自らは少数でありながら多衆を観想的に、従って又抽象的に、代表している[#「代表して
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