る社会概念によれば、タルドの社会概念を多くの重大な点で修正しなければならない必要を、吾々は感じる。今は他の点を顧ないとして、少くともタルドによれば、社会は初めから否定されるべき運命に於て問題として選ばれていることを注意しよう。タルドの社会概念は結局社会概念自身の否定でしかない。社会とは云わばアダムとイブとが楽園を失った瞬間に発生した処の、堕落した存在なのである。吾々は何時かこの人間社会から救済されて神の都に這入ることの出来る日を待たねばならぬことになるであろう。それ故タルドによれば、社会は常に[#「常に」に傍点]――一定の場合ではなくして如何なる場合にも――論理の虚偽形態を発生すべきものであったのである。今私はこの点を修正する。
 吾々はこう考える。社会一般なるものは論理に対して虚偽形態をも真理形態をも組織的に与えるものではない。社会的であるということだけでは、論理は虚偽とも真理ともならない。ただ或る条件の下では社会は組織的に虚偽の一定形態を与え、之に反して他の或る条件の下では社会は組織的に却って真理の一定形態を与えるのである、と。
 これを最も形式的に説明するならばこうである。社会の
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