論理は理想的に云って合理的[#「合理的」に傍点]でなければならない、凡ゆる感情から浄められた冷静な理性によってのみ、論理――推論――は正当に運ばれるのでなければならない。併し実際に吾々を支配している論理はそのような logique rationnelle ではなくて恰も感情の論理[#「論理」に傍点]なのである、そうリボーは考える。感情の論理が合理的論理と正反対であることを示す特色は、感情の論理に於ては結論が先ず初めから与えられ、この予め決っている結論が却って自分に必要と思われる通りの推論を動機する、という点に見出される。それ故この推論に於て必要なことは、この推論によってどのような結論が引き出されるかを見守ることではなくして、予定の結論を引き出すのにこの推論がどの位有効であるかを監視することである。目的[#「目的」に傍点]は初めから決定している、推論はこの目的に仕える手段でしかない。このような事情は冷静なるべき合理的論理にとっては明らかに許されないと考えられる。ただ厳密な論理の煩雑に辟易し又は夫に耐えられない人々か、それでなければより実際的、より実践的な火急の問題を持つ人々かが、このよう
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