く提出することが出来る性質を有っているのである、真の問題は諸問題の無限の系列の一項に相当しているものなのである。処が今の場合、このような次ぎ次ぎの必然的問題がもはや提出され得ず況して解き得ない。このような理論は、相不変おきまり[#「おきまり」に傍点]の問題を解いて了えば、もはや解くべき問題を有たなくなる、初めから何かの展望があってこの問題を選択せねばならなかったのではなくて、云わば系外へ遊離した物体のもつ惰性故に、漫然とこの問題が取り上げられたに過ぎなかったからである。理論は行きづまり、問題は欠乏する。強いて問題を見出そうとすればそれ故、そこにあるものは捏ね回しでしかあり得ない。捏ね回した揚句に出て来る問題は当然、結局元の相不変の問題であり、その解決の結果も結局初めの結果と大同小異であるであろう。解決の結着は初めから判っている、解決とは話を予定の落着に落す落ち[#「落ち」に傍点]でしかない。もし世間的に云って所謂八百長が一つの罪悪であり、落語が滑稽に感じられるとすれば、理論に於てもそれは一種の俗悪なる論理的虚偽でなくてはならない。之は理論の停滞性[#「停滞性」に傍点]なる虚偽形態に統一
前へ 次へ
全268ページ中152ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング