eとしての規定を抽象されたものであり、内容一般としての形式的[#「形式的」に傍点]なるものを出ることが出来ない。この種の警戒を吾々は繰り返した。社会のこのような――云わば社会学的[#「社会学的」に傍点]――分析に於ては、歴史は現実内容として内容的・質料的原理を有つものとしてではなくして、原理を形式に仰がねばならぬ処の任意の可能的素材として、片づけられて了うのが常である。社会のそのような概念は、自らを一応歴史的であるかのように見せかけるにも拘らず、その歴史性が可能的素材の資格しかないのであるから、現実的ではあり得ない。それが歴史的でない証拠なのである。たとい社会の諸規定が無論天降りにではなく、現実の歴史の内から引き出されたものであると云って見ても、問題はそもそも、その引き出し方――抽象法――の如何にあるのだから、一向変りがない。吾々は之に反して社会を社会形態として理解する。この形態を決定するものは、現実としての歴史[#「現実としての歴史」に傍点]の外にはない*。
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* 社会形態という言葉は、デュルケムの morphologie sociale を
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