_理の自律への関心はこの程度で満足させるわけには行かないであろうか。
 吾々はもっと実になる本筋へ帰ろう。と云うのは、論理は之以上の[#「之以上の」に傍点]独立性を有つ必要がないと云うのである。併しその代りに今度は、論理は一切の存在との連帯性[#「連帯性」に傍点]を有たなければならない、今は何よりも之が大事である。元来論理の使命は他の一切の存在を解明することにあったのではないであろうか。この使命をどう果すかを決定するのを忘れた論理は、それが自律的・独立的であろうと無かろうと、少くとも吾々の理論の連鎖の上では無用である。――さて今此等一切の存在を社会的存在として集約して見よう。そうすれば論理が終局的に社会的存在に依存するということに何の不思議があるであろうか。そして今は形態的決定の場合であったから、この依存関係が不可逆的でなければならなかった(第一の点を見よ)。社会的存在は論理のこの連帯性の故に論理形態を決定し得たのである。之が第二の点である。
 実際、論理(即ち又真理)とは、例えば論理的整合というような形式性にあるのではなくして存在の内容的連関の内に横たわる処の関係であるであろう。之が
前へ 次へ
全268ページ中140ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング