ウれる。それ故無内容と考えられていた理念真理は、茲に至って実は、現実内容の内容性・現実性を否定し得るような一種の内容――無内容という内容――を持っていたことが暴露されるであろう。理念を無内容と見せかけて置き乍ら、その無内容自身がひそかに積極的な内容――形式の独立性――を主張するのである。人々は普通、理念に一定内容を予め入れてかかるのをその実体化・絶対化と呼んで警戒するが、今のように之を無内容化するこそ又一つの実体化・絶対化であることを注意すべきである。形式的に規定したものへ、後から内容を※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]入すれば、一向誤りはなさそうに、普通漫然と考えられるのであるが、形式的に規定するということが、形式的原理に則る――真理理念の場合が之であった――ことであるならば、そこには原理的に、現実内容の排斥が伴う外はない。であるから形式を原理として、即ち之を理論の出発又は帰着すべき立場として、現実内容に対する理論を構成しようとするならば、そのような理論は初めから現実内容に対して虚偽でなければならないのである。形式的原理によって事物の現実的・内容
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