学[#「哲学」に傍点]から所謂物理学[#「物理学」に傍点]が如何にして批判的に派生して来たかを、人々は見るべきである。歴史が茲で告げているものは、もはや、理論の単なる隆頽[#「隆頽」に傍点]ではない、そうではなくして後者による前者の論理的批判[#「批判」に傍点]であった。こう考えて来れば吾々の杞憂はもはや杞憂ではない。――今もし物理学の代りに、より不精密と考えられる諸自然科学を材料にするならば、自然科学の階級性――第三の――は一層容易に検出出来るであろう。ダーウィニズムはその絶好の一例である。
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* カントはすでに、その自然の形而上学に於て、経験的事実に先立って、アプリオリに、一切の運動の相対性を主張した。遠心力を知覚出来る円運動の如きも、彼によれば絶対運動ではない、ただ真の運動[#「真の運動」に傍点](wahre Bewegung)だというまでである。
** アリストテレス De Caelo を見よ。
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吾々の主張が茲まで来ると、人々の最初の想像に反して、自然科学の階級性は至極自明であるかのようである。科学的理論の論理関係が、何等か歴史的制約を蒙ることが階級性――第三の――だとすれば、自然科学の階級性は至極当然な事情でなければならないようである。そして科学の理論内容の実質はその論理に至って窮極すると云ったが、この論理が歴史的に制約されるからには、もはや科学のこれ以上の歴史的社会的制約はあり得そうにも思われないようである。自然科学は従って完全に[#「完全に」に傍点]階級性を有たねばならないと考えられそうである。――然るに夫にも拘らず人々は、初め見出すのに困難[#「困難」に傍点]だと云った自然科学――特に物理学――の階級性をば、依然として、容易なものとしては見出さないに違いない。之は不可能ではないにしても少くとも見出すのに至極困難であることには、依然として変りがない。それで人々は、吾々の主張を一応承認しなければならないに拘らずなお且つ之を無条件に信用することが出来ないに相違ない。茲にはまだ何かがある。一体かの困難[#「困難」に傍点]は何処から起こり、又何を意味するか。
注意すべきは自然科学のもつ特有な二重性[#「特有な二重性」に傍点]である。
自然科学は一方に於て一つの歴史社会的存在である、その限り之は歴史[#「歴史」に傍点]にぞくする。処が他方に於て、自然科学は正に自然科学であって、歴史科学乃至社会科学ではなく、歴史的社会の代りに自然を解明する任務をもつものである。かかる解明は云うまでもなく、絶対に自然そのものに忠実であることを要求される。それ故自然科学は他方に於て又、自然[#「自然」に傍点]にぞくさねばならない。然るに自然と歴史とは対立する。自然科学は従ってこの対立をそれに特有な二重性[#「二重性」に傍点]として有つのである。歴史的諸科学にとっても、自然は或る意味に於て歴史社会に対立はする。併しそこでは歴史社会の内に於ける、自然と歴史との対立――第二次的対立――なのであって、自然科学の場合のように第一次的対立があるのではない。之が自然科学に特有[#「特有」に傍点]な二重性である所以である。この二重性と相似な二重性を数学に於ても見出すことが出来る。蓋し超歴史的対象を持つ数学がそれ自身又歴史的存在であるのだから。併しこの場合、数学の対象界は一応、現実的ではなくして可能的にすぎないから、之と歴史的現実との対立は、現実と現実との対立ではない。両者の現実的な対立はそれ故ただ間接的[#「間接的」に傍点]でしかない(之は数学が自然科学に較べて、歴史的・階級的制約を蒙ることが原理的に低度であることの、現われである。数学的真理はそれ故、かの第三階梯の階級性を有たないと考えられることには意味がある*)。之に反して自然科学に於けるかの対立・二重性は、恰も現実としての歴史と、同じく現実としての自然との間の、従って直接な[#「直接な」に傍点]交渉であった。歴史と自然とは元来独立した二つの現実ではなくして、現実としては唯一のものに結合しているから、両者は現実に於ける相関関係に於てしか理解され得ない。処が、このように不離の連合関係にある歴史と自然とが、自然科学にとっては、二つの相反する極として対立するのである。自然科学は特に、このような二重性を有つ。
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* 小倉金之助博士は論文「階級社会の算術」に於て云っている、「私の意味する処は、それが算術である限り、純然たる数学的の論理や法則それ自身が、社会階級によって異る、というのではない」、と。吾々の第三階梯の階級性は恰もかかる「論理や法則それ自身」に関わるものであった。数学がこの階級性を持ち得ないと
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