とは事実の上で必然であるだろう。人々はこの事実を無条件に承認すべきである。さて併し之が実は、科学階級性[#「階級性」に傍点]の第一[#「第一」に傍点]階梯を意味するものに外ならぬ。というのは科学のこのような当然な基本的な歴史性[#「歴史性」に傍点]が――前に述べたことから――やがて[#「やがて」に傍点]階級性の萌芽である筈であったから。
 次に凡ゆる科学は、一定の問題提出の仕方によって動機づけられており、科学の内容とは取りも直さず、この問題の解決と展開であることを注意しよう。処で、かかる問題乃至その提出法は無論歴史的に――伝承的にせよ発見的にせよ――制約されている*。それ故、たとい人々が科学の理論内容に対して有つ関心が直接に変化を蒙らない時でも、その理論の動機であった問題自身がもし従来の人間的関心をつなぐことが出来なくなれば、やがて[#「やがて」に傍点]その科学は消滅[#「消滅」に傍点]せざるを得ないであろう。そして之に反して、何か新しい問題が人間的関心の中心となることによって、新しい科学が発生するであろう。今度はもはや、科学Aがその内容αを変化するのではなくして、科学Aが、科学Bによって代位[#「代位」に傍点]されるのである。一切の科学に就いては人々は、かかる消滅発生の歴史的代位の関係を、不可能であると主張することを許されない。曾ては一種の神秘的な数学が存在した、現今では完全に合理的な数学しか数学ではあり得ない。そういう様に、例えば現今の数学が、それとは全く別な系統を有つ処の、併し必然的にこの数学の位置に代わるべき、或る未知の科学によって代位され得ないという主張は成り立たない。現今の数学が虚偽となったのではないにしても、存在の解明により役立つものがもし現われ得たなら、所謂数学は歴史の上から跡を絶つこともあるであろう。この公算は至極小さいが、併し原理上零ではない。そして之は数学の超経験的な普遍妥当性と少しも衝突しない空想である。今もし数学の代りに経験的諸科学を例に引くならばこのような可能性の公算は相当大きくなるであろう。吾々は強いて最も不利な数学の場合を取って見たまでである。――之は科学階級性の第二[#「第二」に傍点]階梯である。
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* この点を私は曾て明らかにしておいた。「問題に関する理論」を見よ。
[#ここで字下げ終わり]
 一切の科学は、かくて以上二つの階梯の階級性を有つ。そして科学の階級性という言葉は往々この二つの意味に於ても用いられている。けれどもこの二つは、後に見るであろう階級性に較べて見れば判る通り、階級性の萌芽ではあるが、単に名目上の階級性でしかない。茲には殆んど問題は無いであろう。
 向に科学の理論内容と云ったが、科学の実質的な内容は、その理論を保持する論理[#「論理」に傍点]――真理と虚偽との価値関係――にある筈である。之に較べては、前の二つの場合の理論内容は、理論の単なる――真偽関係から引き離された――材料でしかなかった。問題はそこで、もはや理論[#「理論」に傍点]ではなくして、論理[#「論理」に傍点]までが、歴史的に階級的に制約され得るか否か、である。単に科学ではなくして科学に於ける論理内容が階級性を有ち得るか否か、である。歴史的制約が論理的制約[#「歴史的制約が論理的制約」に傍点]――真偽関係――と交渉干渉し得るか否か、である。理論Aが之に代るべき理論A′[#「A′」は縦中横](必ずしも前に見たBではない)によって単に歴史的に代位されるばかりではなく、又単に拡張・修正・補遺されるばかりでもなく、真理[#「真理」に傍点]A′[#「A′」は縦中横]に対する虚偽[#「虚偽」に傍点]Aとして、論理的に否定・止揚されることが結果し得るか否か、が今の問題である。もはや茲では、一つの歴史的所産・文化財としての科学が、歴史的に制約されているというだけではない、それならば知識社会学にでも一任してよいかも知れない――初めを見よ。そうではなくして、それの理論[#「理論」に傍点]内容が歴史的・階級的に制約されるかどうか、が問題なのである。今問題になっているものが、科学階級性の第三[#「第三」に傍点]階梯である。
 もし科学を教科書風に鵜呑みにしない人々でさえあれば、歴史学・経済学・政治学・法律学・哲学・等々の歴史的(即ち哲学的)諸科学が、何等かの点に於てこの階梯の階級性をもつことをば、見逃すことが出来ないであろう。ここでは真理と虚偽との標準が階級性によって与えられることが出来るように見える。無論一定の階級に属するというだけで直ちにそれが真理又は虚偽だということになるのではない、ただ、階級のもつ夫々の歴史的制約が夫々科学の論理的制約へ反映することによって、真理又は虚偽を結果するのである
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