D化とは階級化である。
 そこで人々は民衆[#「民衆」に傍点]の概念を思い起こす必要がある、民衆こそ大衆に最も近い概念である。民衆は然るに、常に被支配者[#「被支配者」に傍点]を意味する政治的[#「政治的」に傍点]概念であるだろう、支配は政治の根本性格である。それは単に法制的にではなくして又物質的に、政治支配を受けるものの集団を、被支配階級を、云い表わす言葉ではないか。そこで大衆は又、この被支配階級[#「被支配階級」に傍点]の名である(大衆に対立するかの非大衆が何であるかは、おのずから明らかであるだろう)。――だがこう云ってもまだ之は大衆の一応の[#「一応の」に傍点]概念にしか過ぎない。大衆の性格は、かの圧倒性[#「圧倒性」に傍点]と高度の水準[#「高度の水準」に傍点]は、何処へ行ったか。
 茲まで来てもまだ吾々は、大衆概念をただ一般的に[#「一般的に」に傍点]語って来たに過ぎない。というのは、大衆の概念は、歴史の任意の・あらゆる・段階に、通時間的に通じるような、そういう一般的条件の下にのみ、取り扱われて来た。今や、歴史の夫々の現段階――歴史に固有なこの原理――という特殊な条件の下で、而も今の[#「今の」に傍点]現段階のものとして、夫は最後の決定を受けねばならぬ。かくして大衆が現段階に於て持つ処の、歴史的[#「歴史的」に傍点]・政治的[#「政治的」に傍点]・使命[#「使命」に傍点]が、大衆概念の最後の規定として決定されるであろう。――今之を決定したとしよう、さてその使命の遂行に必要な物質的基礎こそ、大衆のかの量の上の圧倒性[#「圧倒性」に傍点]に外ならず、この使命の意識的自覚こそ、大衆のかの質の上の高き水準[#「高き水準」に傍点]に外ならない。であるから、大衆の大衆的概念――夫がこの二つの性格を持っていた――はただ歴史的現段階の条件の下でのみ成立する。人々はこの点に注目すべきである。実際、もしこの条件を入れないならば、大衆のかの民主主義的矛盾――圧倒性と低質性との矛盾――は止揚され得なかったであろう。大衆の概念が、今[#「今」に傍点]、吾々にとって[#「吾々にとって」に傍点]、抑々問題[#「問題」に傍点]になり得た所以は全く茲にあった。
 さて大衆のこのような性格を一言で云い表わす言葉が、大衆性[#「大衆性」に傍点]である。

 大衆は単に組織化されたる又は組織化さ
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