う――現段階[#「現段階」に傍点]の性格は、もはや論理構成の原理内に組織的に織り込まれてはいない。自然科学にとっての現実とは、歴史的現段階のもつ現実性ではなく、恰もそのような歴史性の否定であった処の通時間的な自然[#「自然」に傍点]のもつ現実性に外ならない。故に自然科学的理論は、歴史的現段階に固有な現実性に立脚しないことをその特色とする。之に反して歴史的科学は正に、歴史的現段階に固有な客観的事情からこそ、その理論的分析の端緒[#「端緒」に傍点]――原理[#「原理」に傍点]――を取り出さなければならない。例えば現代[#「現代」に傍点]の経済学は、それが現代[#「現代」に傍点]の経済現象の分析であるが故に、正に商品の分析から出発しなければならない[#「出発しなければならない」に傍点]ように。かくて、科学のもつ歴史的制約――階級性――が直接か間接かの相違は、夫が歴史的現段階に固有な現実に立脚するかしないかという、質の上の原理的な相違を事実上意味するのであった。単なる量の上の対比では之はもはやない。
それ故明らかとなることは、自然科学が歴史社会的に制約されている――第三の階級性によって――にしても、それが必ずしも歴史的現段階性[#「歴史的現段階性」に傍点]によって制約されていることを意味するのではない、ということである。従って、丁度それだけの意味に於て(但しそれ以上の意味でではないが)、自然科学にとっての現実は、超時代的[#「超時代的」に傍点]であり、永久不変[#「永久不変」に傍点]である、ということも出来る。そこでは歴史上、従来の理論内容を優越して特権を主張する根拠となり得るような、従来無かった新しい地盤[#「新しい地盤」に傍点]は、原理的には――偶然的にはどうか知らない――無い。先人の業績を、それが過去のものであるが故に、夫を批判し得るような、そのような資格を有った新しい立脚地は原理的には無いのである。新しい時代の性格に立脚することによって、自然科学を新しく建設し直すべき動機が、常に必ず働かねばならぬということは、絶対にない。かくして伝習された従来の自然科学を、改めて批判・検討し、依って之を否定・止揚し得るような場合は、ただ極めて偶然な[#「偶然な」に傍点]事情に基くのであり、従って至極稀な[#「稀な」に傍点]機会をしか持たないことは当然である。既成の自然科学の現在に
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