`態の決定者は常により具体的なる他事物なのである(それ故、甲事物の一定形態は、時に、之の決定者たる乙事物の甲形態[#「甲形態」に傍点]ともなることが出来る)。――形態が一般的形式と個々内容との中間に位すると考えられた事情は、之を一つの個別化原理と想像する場合とは反対に、両者を媒介する処のより具象的な内容からの発生を告げているものに外ならない。一旦形態の概念へ来れば、かの一般的形式も個々内容も、夫々事物の一形態に相当するのであった。
[#ここから2字下げ、折り返して3字下げ]
* 形式的原理から生ずるものは可能性[#「可能性」に傍点]であり、之に反して質料的原理から来るものは決定[#「決定」に傍点]の関係である。今は形態の決定、形態的決定[#「形態的決定」に傍点]が問題である。之を他の仕方の決定――物理的因果関係・心理的発生関係等々の夫――に還元し又はなぞらえることは許されない。
[#ここで字下げ終わり]
形態概念を一通りこう決めておいて、さて真理の現実的概念を尋ねるならば、もはや真理の形式――真理の理念[#「真理の理念」に傍点]――としてでもなく、又個々の真理内容[#「真理内容」に傍点]としてでもなく、正に真理形態[#「真理形態」に傍点]として真理は理解されねばならぬこととなる。虚偽も亦同じく虚偽形態[#「虚偽形態」に傍点]として理解されねばならない。処で真理内容は虚偽内容から独立に分析されてはならなかった――前を見よ。故にこの今の真理形態は虚偽形態から独立に理解されてはならない。真理形態と虚偽形態との関係、又は真理内容と虚偽内容との形態的関係、に於て、真理概念は取り扱われることが必要である。一言で云うならば、真理はかかる論理形態[#「論理形態」に傍点]にぞくするものとして取り扱われるべきである。――之が今までの結論であった。
私はもう一つの制限を加える必要を有つ。真理を形式的原理に従って――観念的に――しか理解しない多くの人々は、おのずから、真理の代表的なる典型として、常に形式的[#「形式的」に傍点]真理を考えるであろう。そのような人々が論理学や数学の真理を最勝義の真理典型であるかのように思い做すのは尤もである。この真理をしてその真理典型を保たせるものは純論理的なるもの[#「純論理的なるもの」に傍点]であろう。という意味は、真理は何等かの意味で常に論理的と呼
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