上なる灰皿にさし置きつつ、腕を組みぬ。
 山木は踏み込めるぬかるみより手をとりて引き出されしように、ほっと息つきて、額上の汗をぬぐいつ。
 「さようでございます。実もって申し上げにくい事でございますが、その、どうかそこの所をあしからず――」
 「で、武男君はもう帰られたですな?」
 「いや、まだ帰りませんでございますが、もちろんこれは同人《ほんにん》承知の上の事でございまして、どうかあしからずその――」
 「よろしい」
 中将はうなずきつ。腕を組みて、しばし目を閉じぬ。思いのほかにたやすくはこびけるよ、とひそかに笑坪《えつぼ》に入りて目をあげたる山木は、目を閉じ口を結びてさながら睡《ねぶ》れるごとき中将の相貌《かお》を仰ぎて、さすがに一種の畏《おそ》れを覚えつ。
 「山木|君《さん》」
 中将は目をみひらきて、山木の顔をしげしげと打ちながめたり。
 「はッ」
 「山木|君《さん》、あなたは子を持っておいでかな」
 その問いの見当を定めかねたる山木はしきりに頭《かしら》を下げつつ「はッ。愚息《せがれ》が一人《ひとり》に――娘が一人でございまして、何分お引き立てを――」
 「山木|君《さん
前へ 次へ
全313ページ中179ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳冨 蘆花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング