すが――今日はお告別《わかれ》に私がこの書を読むようになりましたその来歴《しまつ》をね、お話し[#底本のママ、「お話」ではなく「お話し」]したいと思いますが。あなたお疲れはなさいませんか。何なら御遠慮なくおやすみなすッて」
 しみじみと耳|傾《かたぶ》けし浪子は顔を上げつ。
 「いいえ、ちょっとも疲れはいたしません。どうかお話し遊ばして」
 茶を入れかえて、幾は次に立ちぬ。
 小春日の午後は夜《よ》よりも静かなり。海の音遠く、障子に映る松の影も動かず。ただはるかに小鳥の音の清きを聞く。東側のガラス障子を透かして、秋の空高く澄み、錦《にしき》に染まれる桜山は午後の日に燃えんとす。老婦人はおもむろに茶をすすりて、うつむきて被布の膝《ひざ》をかいなで、仰いで浪子の顔うちまもりつつ、静かに口を開き始めぬ。
 「人の一生は長いようで短く、短いようで長いものですよ。
 私の父は旗本で、まあ歴々のうちでした。とうに人の有《もの》になってしまったのですが、ご存じでいらッしゃいましょう、小石川《こいしかわ》の水道橋を渡って、少しまいりますと、大きな榎《えのき》が茂っている所がありますが、私はあの屋敷に生まれましたのです。十二の年に母は果てます、父はひどく力を落としまして後妻《あと》もとらなかったのですから、子供ながら私がいろいろ家事をやってましたね。それから弟に嫁をとって、私はやはり旗下《はたもと》の、格式は少し上でしたが小川の家《うち》にまいったのが、二十一の年、あなた方はまだなかなかお生まれでもなかったころでございますよ。
 私も女大学で育てられて、辛抱なら人に負けぬつもりでしたが、実際にその場に当たって見ますと、本当に身にしみてつらいことも随分多いのでしてね。時勢《とき》が時勢《とき》で、良人《おっと》は滅多に宅《うち》にいませず、舅姑《しゅうと》に良人の姉妹《きょうだい》が二人《ふたり》=これはあとで縁づきましたが=ありまして、まあ主人を五人もったわけでして、それは人の知らぬ心配もいたしたのですよ。舅《しゅうと》はそうもなかったのですが、姑《しゅうとめ》がよほど事《つか》えにくい人でして、実は私の前に、嫁に来た婦人《ひと》があったのですが、半歳《はんとし》足らずの間に、逃げて帰ったということで、亡くなッた人をこう申すのははしたないようですが、気あらな、押し強い、弁も達者で、ま
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