若い娘《もの》までがそれは生意気でございましてね、ほんとでございますよ。幾が親類《みうち》の隣家《となり》に一人《ひとり》そんな娘《こ》がございましてね、もとはあなたおとなしい娘《こ》で、それがあの宗旨の学校にあがるようになりますとね、あなた、すっかりようすが変わっちまいましてね、日曜日になりますとね、あなた、母親《おや》が今日《きょう》は忙《せわ》しいからちっと手伝いでもしなさいと言いましてもね、平気でそのお寺にいっちまいましてね、それから学校はきれいだけれども家《うち》はきたなくていけないの、母《おっか》さんは頑固《がんこ》だの、すぐ口をとがらしましてね、それに学校に上がっていましても、あなた、受取証が一枚書けませんでね、裁縫《しごと》をさせますと、日が一日|襦袢《じゅばん》の袖《そで》をひねくっていましてね、お惣菜《そうざい》の大根をゆでなさいと申しますと、あなた、大根を俎板《まないた》に載せまして、庖丁《ほうちょう》を持ったきりぼんやりしておるのでございますよ。両親《おや》もこんな事ならあんな学校に入れるんじゃなかったと悔やんでいましてね。それにあなた、その娘《こ》はわたしはあの二百五十円より下の月給の良人《ひと》には嫁《い》かない、なんぞ申しましてね。ほんとにあなた、あきれかえるじゃございませんか。もとはやさしい娘《こ》でしたのに、どうしてあんなになったンでございましょうねエ。これが切支丹の魔法でございましょうね」
 「ほほほほ。そんなでも困るのね。でも、何だッて、いい所もあれば、わるいところもあるから、よく知らないではいわれないよ。ねエばあや」
 心得ずといわんがごとく小首傾けし幾は、熱心に浪子を仰ぎつつ
 「でもあなた、耶蘇《やそ》だけはおよし遊ばせ」
 浪子はほほえみつ。
 「あの方とお話ししてはいけないというのかい」
 「耶蘇《やそ》がみんなあんな方だとようございますがねエ、あなた。でも――」
 幾は口をつぐみぬ。うわさをすれば影ありありと西側の障子に映り来たれるなり。
 「お庭口から御免ください」
 細く和らかなる女の声響きて、忙《いそが》わしく幾がたちてあけし障子の外には、五十あまりの婦人の小作りなるがたたずみたり。年よりも老《ふ》けて、多き白髪《しらが》を短くきり下げ、黒地の被布《ひふ》を着つ。やせたる上にやつれて見ゆれば、打ち見にはやや陰気
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