。十年《ととせ》の間、浪子は亡き母を忘るるの日なかりき。されど今日このごろはなつかしさの堪《た》え難きまで募りて、事ごとにその母を思えり。恋しと思う父は今遠く遼東にあり。継母は近く東京にあれど、中垣《なかがき》の隔て昔のままに、ともすれば聞きづらきことも耳に入る。亡き母の、もし亡き母の無事に永らえて居たまわば、かの苦しみも告げ、この悲しさも訴えて、かよわきこの身に負いあまる重荷もすこしは軽く思うべきに、何ゆえ見すてて逝《ゆ》きたまいしと思《おも》う下より涙はわきて、写真は霧を隔てしようにおぼろになりぬ。
昨日《きのう》のようなれど、指を折れば十年《ととせ》たちたり。母上の亡くなりたもうその年の春なりき。自身《みずから》は八歳《やつ》、妹《いもと》は五歳《いつつ》(そのころは片言まじりの、今はあの通り大きくなりけるよ)桜模様の曙染《あけぼのぞめ》、二人そろうて美しと父上にほめられてうれしく、われは右妹は左母上を中に、馬車をきしらして、九段の鈴木《すずき》に撮《と》らししうちの一枚はここにかけたるこの写真ならずや。思えば十年《ととせ》は夢と過ぎて、母上はこの写真になりたまい、わが身は――。
わが身の上は思わじと定めながらも、味気なき今の境涯はあいにくにありありと目の前に現われつ。思えば思うほどなんの楽しみもなんの望みもなき身は十重二十重《とえはたえ》黒雲に包まれて、この八畳の間は日影も漏れぬ死囚|牢《ろう》になりかわりたる心地《ここち》すなり。
たちまち柱時計は家内《やうち》に響き渡りて午後|二点《にじ》をうちぬ。おどろかれし浪子はのがるるごとく次の間に立てば、ここには人もなくて、裏の方《かた》に幾と看護婦と語る声す。聞くともなく耳傾けし浪子は、またこの室を出《い》でて庭におり立ち、枝折戸《しおりど》あけて浜に出《い》でぬ。
空は曇りぬ。秋ながらうっとりと雲立ち迷い、海はまっ黒に顰《ひそ》みたり。大気は恐ろしく静まりて、一陣の風なく、一|波《ぱ》だに動かず、見渡す限り海に帆影《はんえい》絶えつ。
浪子は次第に浜を歩み行きぬ。今日は網曳《あびき》する者もなく、運動する客《ひと》の影も見えず。孩《こ》を負える十歳《とお》あまりの女の子の歌いながら貝拾えるが、浪子を見てほほえみつつ頭《かしら》を下げぬ。浪子は惨として笑《え》みつ。またうっとりと思いつづけて、うつむき
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