うと倒れぬ。
敵艦の発《う》ち出《いだ》したる三十サンチの大榴弾《だいりゅうだん》二個、あたかも砲台のまん中を貫いて破裂せしなり。
「残念ッ!」
叫びつつはね起きたる武男は、また尻居《しりい》にどうと倒れぬ。
彼は今|体《たい》の下半におびただしき苦痛を覚えつ。倒れながらに見れば、あたりは一面の血、火、肉のみ。分隊長は見えず。砲台は洞《ほら》のごとくなりて、その間より青きもの揺らめきたり。こは海なりき。
苦痛と、いうべからざるいたましき臭《か》のために、武男が目は閉じぬ。人のうめく声。物の燃ゆる音。ついで「火災! 火災! ポンプ用意ッ!」と叫ぶ声。同時に走《は》せ来る足音。
たちまち武男は手ありてわれをもたぐるを覚えつ。手の脚部に触るるとともに、限りなき苦痛は脳頂に響いて、思わず「あ」と叫びつつのけぞり――紅《くれない》の靄《もや》閉ざせる目の前に渦まきて、次第にわれを失いぬ。
二の一
大本営所在地広島においては、十|月《げつ》中旬、第一師団はとくすでに金州半島に向かいたれど、そのあとに第二師団の健児広島狭しと入り込み来たり、しかのみならず臨時議会開かれんとして、六百の代議士続々東より来つれば、高帽《こうぼう》腕車《わんしゃ》はいたるところ剣佩《はいけん》馬蹄《ばてい》の響きと入り乱れて、維新当年の京都のにぎあいを再びここ山陽に見る心地《ここち》せられぬ。
市の目ぬきという大手町《おおてまち》通りは「参謀総長宮殿下」「伊藤内閣総理大臣」「川上陸軍中将」なんどいかめしき宿札うちたるあたりより、二丁目三丁目と下がりては戸ごとに「徴発ニ応ズベキ坪数○○畳、○間」と貼札《はりふだ》して、おおかたの家には士官下士の姓名兵の隊号|人数《にんず》を記《しる》せし紙札を張りたるは、仮兵舎《バラック》にも置きあまりたる兵士の流れ込みたるなり。その間には「○○酒保事務所」「○○組人夫事務取扱所」など看板新しく人影の忙《せわ》しく出入りするあれば、そこの店先にては忙《いそが》わしくラムネ瓶《びん》を大箱に詰め込み、こなたの店はビスケットの箱山のごとく荷造りに汗を流す若者あり。この間を縫うて馬上の将官が大本営の方《かた》に急ぎ行きしあとより、電信局にかけつくるにか鉛筆を耳にさしはさみし新聞記者の車を飛ばして過ぐる、やがて鬱金木綿《うこんもめん》に包みし長刀と革
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