て出《い》で来たりぬ。
「おお道《みい》ちゃん、毅一《きい》さん。どうだえ? ――ああ駒ちゃん」
道子はすがれる姉《あね》の袂《たもと》を引き動かしつつ「あたしうれしいわ、姉さまはもうこれからいつまでも此家《うち》にいるのね。お道具もすっかり来てよ」
はッと声もなし得ず、子爵夫人も、伯母も、婢《おんな》も、駒子も一斉に浪子の面《おもて》をうちまもりつ。
「エ?」
おどろきし浪子の目は継母の顔より伯母の顔をかすめて、たちまち玄関わきの室も狭しと積まれたるさまざまの道具に注ぎぬ。まさしく良人宅《うち》に置きたるわが箪笥《たんす》! 長持ち! 鏡台!
浪子はわなわなと震いつ。倒れんとして伯母の手をひしととらえぬ。
皆泣きつ。
重やかなる足音して、父中将の姿見え来たりぬ。
「お、おとうさま!![#「!!」は一文字、第3水準1−8−75、137−15]」
「おお、浪か。待って――いた。よく、帰ってくれた」
中将はその大いなる胸に、わなわなと震う浪子をばかき抱《いだ》きつ。
半時の後、家の内《うち》しんとなりぬ。中将の書斎には、父子《おやこ》ただ二人、再び帰らじと此家《ここ》を出《い》でし日別れの訓戒《いましめ》を聞きし時そのままに、浪子はひざまずきて父の膝《ひざ》にむせび、中将は咳《せ》き入る女《むすめ》の背《せな》をおもむろになでおろしつ。
十
「号外! 号外! 朝鮮事件の号外!」と鈴《りん》の音のけたたましゅう呼びあるく新聞売り子のあとより、一|挺《ちょう》の車がらがらと番町なる川島家の門に入りたり。武男は今しも帰り来たれるなり。
武男が帰らば立腹もすべけれど、勝ちは畢竟《ひっきょう》先《せん》の太刀《たち》、思い切って武男が母は山木が吉報をもたらし帰りしその日、善は急げと※[#「※」は「おんなへん+息」、第4水準2−5−70、138−7]《よめ》が箪笥《たんす》諸道具一切を片岡家に送り戻し、ちと殺生ではあったれど、どうせそのままには置かれぬ腫物《はれもの》、切ってしまって安心とこの二三日近ごろになき好機嫌《こうきげん》のそれに引きかえて、若夫婦|方《がた》なる僕婢《めしつかい》は気の毒とも笑止ともいわん方《かた》なく、今にもあれ旦那《だんな》がお帰りなさらば、いかに孝行の方《かた》とて、なかなか一通りでは済むまじとはらはら思って
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