一寸の根でも残れば十日とたゝずまた一面の草になる。土深く鍬を入れて掘り返へし、丁寧に根を拾ふ外に滅す道は無い。我儕は世を渡りて往往此種の草に出会ふ。
 草を苅るには、朝露の晞《かわ》かぬ間《ま》。露にそぼぬれた寝ざめの草は、鎌の刃を迎へてさく/\切れて行く。一挙に草を征伐するには、夏の土用の中、不精鎌《ぶしやうがま》と俗に云ふ柄《え》の長い大きなカマボコ形の鎌で、片端からがり/\掻《か》いて行く。梅雨中《つゆうち》には、掻く片端からついてしまふ。土用中なら、一時間で枯れて了ふ。
 夏草は生長猛烈でも、気をつけるから案外制し易い。恐ろしいのは秋草である。行末短い秋草は、種がこぼれて、生えて、小さなまゝで花が咲いて、直ぐ実になる。其遽《あわたゞ》しさ、草から見れば涙である。然し油断してうつかり種をこぼされたら、事である。一度落した草の種は中々急に除り切れぬ。田舎を歩いて、奇麗に鍬目《くわめ》の入つた作物のよく出来た畑の中に、草が茂つて作物の幅がきかぬ畑を見ることがある。昨年の秋、病災不幸などでつい手が廻らずに秋草をとらなかつた家の畑である。
 草を除らうよ。草を除らうよ。



底本:「日本の名随筆 94・草」作品社
   1990(平成2)年8月25日初版発行
底本の親本:「みゝずのたはこと 上巻」岩波文庫、岩波書店
   1938(昭和13)年4月
入力:増元弘信
校正:菅野朋子
2000年11月13日公開
2000年11月15日修正
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