だ》しカラアと咽の合戦の結果)一きは目だち、咽をカラアにしめられてしきりに堅睡《かたづ》をのむ猪首《ゐくび》のすわり可笑しく、胸をシヤツ胴衣《チヨツキ》に窄《せば》められてコルセツトを着けたるやうに呼吸苦しく、全体|宛《さなが》ら糊されし様に鯱張《しやちば》りかへつて、唯真すぐに向を見るのみ、起居《たちゐ》振舞《ふるまひ》自由ならざる、如何《どう》しても明治の木曾殿と云ふ容子《ありさま》。あゝ如何しても「かりぎ」はまづい、窮屈な燕尾服でつまらぬ夜会とかを覗《のぞ》かうより、木綿縞《もめんじま》に兵児帯《へこおび》、犬殺《いぬころし》のステツキをもつて逗子の浜でも散歩した方が似合つて居た、と思うて最早斯うなつてはあとの祭、阿姪《あてつ》阿甥《あせい》書生|等《とう》の眼を避けて、鏡に背《そむ》いて澄《すま》し居たり。
暫くすると、最早時刻だ、出かけようとシルクハツトを持つて、兄が出て来たので、吾も煙突を筒切《つゝぎ》りしたやうにごわ/\したるシルクハツトをのせて、ズボンのちぎれを気にしてやう/\靴をはき終わり、二輌の車はから/\と玄関さきを出でたり。
(三)
二輌の車は勢《いきほひ》よく走せて、やがて当夜の会場帝国ホテルにつき、電灯|花瓦《はながす》昼を欺《あざむ》き、紅灯《こうとう》空《くう》にかゝり、晴がましきこと云ふばかりもなき表門をばぐるりと廻りて、脇門《わきもん》より入りぬ。去年の混雑に懲《こ》りて、今年は馬車と人車の入口を分《わか》ちしなりとぞ。
外套室《クロークルーム》に外套と帽子《シルクハツト》を預けて番号札を受取り、右折すれば電灯の光|眩《まばゆ》き大玄関《おほげんくわん》なり。柱をば杉檜の葉もて包み、大なる紅葉の枝を添へ、壁際《かべぎは》廊下には菊花壇を作りて紙灯《しちやう》をともしたるなど、何となく鬼《き》一の菊畑でも見物する心地あり。偖主人の鬼一殿は何処に在《おは》すぞと見てあれば、大玄関の真中に、大礼服の装《よそほひ》美々しく、左手《ゆんで》に剣※[#「木+覊」の「馬」に代えて「月」、第4水準2−15−85]《けんぱ》を握り、右に胡麻塩《ごましほ》の長髯《ちようせん》を撫《ぶ》し、厳《いかめ》しき顔して、眼鏡を光らしつゝ佇《たゝず》みたまふが、当夜の御亭主青木外務大臣の君なり。相並んで一きは大きく二十四五貫目たしかにかゝりたまふべく思はれて、のさばりかへりて居たまふは、子爵夫人エリサベツトの君。其の側に夫人の小くしたる様なるが、青木令嬢なるべし。吾が近眼にはよくも見えねど、何やらん白繻子《しろじゆす》に軟《やはらか》き白毛の縁《ふち》とりたる服装して、牙柄《がへい》の扇を持ち、頭の揺《うご》く毎にきら/\光るは白光《プラチナ》の飾櫛にや。此の三人を正面にして、少しさがりて左手《ゆんで》には一様に薄色《うすいろ》裾模様《すそもよう》の三枚がさね、繻珍《しゆちん》の丸帯、髪はお揃《そろひ》の丸髷《まるまげ》、絹足袋に麻裏《あさうら》と云ふいでたちの淑女四五人ずらりと立ち列ぶは外交官の夫人達。此方《こなた》に紅菊《くれなゐぎく》の徽章《きしよう》つけし愛嬌《あいけう》沢山の紳士達の忙しげなるは接待係の外交官なるべし。
斯《か》く眺め候ふほどに、先入の客は何れも亭主の大臣夫婦に会釈しはてゝのきたれば、今は小生の順番となりぬ。先《まづ》気《き》を丹田《たんでん》に落つけ、震《ふる》ふ足を踏しめ、づか/\と青木子の面前にすゝみ出でゝ怪しき目礼すれば、大臣は眼鏡の上よりぢろりと一|瞥《べつ》、むつとしたる顔付にて答礼したまふ。次に夫人令嬢を一括して目礼すれば、夫人は怪訝《けげん》の眼を瞠《みは》りて、ぢろりと睨みまふ。肝《きも》を冷《ひ》やしてそこそこに片寄り、群衆の中に立まじりて、玄関に入り来る人々を眺むるに、何れも/\先づ子爵夫人に会釈して然る後主人に会釈す。しくじつたり、吾は何気なく主人を先にしたるが、此処は夜会の場、例の男尊女卑は大禁物《だいきんもつ》、殊に青木子は済まなかつた、と思うても下司《げす》の智慧はあとで、後悔はさきに立たず。今宵《こよひ》の失策のし初《ぞ》めと、独|頭《あたま》かく/\猶も入り来る人々を眺め居たり。
流れ入る客はしばらくも止《とゞ》まらず。夫妻連れの洋人、赤套《レツドコート》の英国士官、丸髷《まるまげ》束髪《そくはつ》御同伴の燕尾服、勲章|眩《まば》ゆき陸海軍武官、商人顔あり、議員|面《づら》あり。都貌《みやこがほ》あり、田舎相《ゐなかがほ》あり、髯《ひげ》あり、無髯あり、場馴れしあり、まごつくあり、親しきは亭主夫婦と握手して、微笑してかはす両三言、さもなきは小生と同様|澄《すま》しかへつた一|点頭《てんとう》、内閣大臣、外国公使等身分高きは右なる特別室に、余
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