いてあった。「人並《ひとなみ》の道は通《とお》らぬ梅見かな」の句が其の中にあった。短冊《たんざく》には、
[#ここから3字下げ]
辞世 一 諸《もろ》ともに契《ちぎ》りし事は半《なかば》にて
         斗満《とまむ》の露と消えしこの身は[#地から10字上げ]八十三老白里
辞世 二 骨も身もくだけて後ぞ心には
         永く祈らん斗満《とま》の賑《にぎはひ》[#地から10字上げ]八十三老白里
死後希望 露の身を風にまかせてそのまゝに
         落れば土と飛んでそらまで[#地から10字上げ]八十三老白里
死後希望 死出《しで》の山越えて後にぞ楽まん
         富士の高根《たかね》を目の下に見て[#地から10字上げ]八十三老白里
[#ここで字下げ終わり]
と書いてあった。

           *

 七月初旬、翁の手紙が来て、余作君は斗満を去り、以前の如く医を以て立つことに決し、自身は斗満に留ることを報じた。書末《しょまつ》に左の三首の歌があった。
[#ここから3字下げ]
  寄川恋
我恋は斗満《とまむ》の川の水の音
    夜ひるともにやむひまぞなき
 
前へ 次へ
全684ページ中417ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳冨 蘆花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング