秩父青石の板碑と共に、他所《よそ》から持って来たのである。以前小さな閻魔堂《えんまどう》があったが、乞食の焚火から焼けてしまい、今は唯石刻の奪衣婆ばかり片膝立てゝ凄い顔をして居る。頬杖《ほおづえ》をついて居る幾基の静思菩薩《せいしぼさつ》、一隅にずらりと並んだにこ/\顔の六地蔵《ろくじぞう》や、春秋の彼岸に紅いべゝを子を亡くした親が着せまつる子育《こそだて》地蔵、其等《それら》が「長十山、三国の峰の松風吹きはらふ国土にまぢる松風の音」だの、上に梵字《ぼんじ》を書いて「爰追福者為蛇虫之霊発菩提也《ここについふくするものはだちゅうのれいぼだいをはっせんがためなり》」だのと書いた古い新しいさま/″\の卒塔婆と共に、寂《さび》しい賑やかさを作って居る。植えた木には、樒《しきみ》や寒中から咲く赤椿など。百年以上の百日紅《さるすべり》があったのは、村の飲代《のみしろ》に植木屋に売られ、植木屋から粕谷の墓守に売られた。余は在来の雑木である。春はすみれ、蒲公英《たんぽぽ》が何時の間にか黙って咲いて居る。夏は白い山百合が香る。蛇が墓石の間を縫うてのたくる。秋には自然生の秋明菊《しゅうめいぎく》が咲く。冬
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