《むれ》が悲鳴《ひめい》をあげつゝ裏の雑木林《ぞうきばやし》に飛んで来た。と思うと、やがて銃声がした。小鳥はうまいものである。銃猟は面白いものであろう。然しあの遽《あわただ》しい羽音と、小さな心臓《しんぞう》も破裂《はれつ》せんばかり驚きおびえた悲鳴を聞いては……
 午後|鳥打《とりうち》帽子《ぼうし》をかぶった丁稚風《でっちふう》の少年が、やゝ久しく門口に立って居たが、思切ったと云う風で土間に入って来た。年は十六、弟子にして呉れと云う。縁《えん》の方へ廻れと云うたら、障子をあけてずンずン入って来たから、縁から突落して馬鹿と叱った。もと谷中村《やなかむら》の者で、父は今|深川《ふかがわ》で石工《いしく》、自身はボール箱造って、向う賄《まかない》で月《つき》六円とるそうだ。小説家なぞになるものでない、と云って聞かして、干柿《ほしがき》を三つくれて帰えす。
[#地から3字上げ](明治四十二年 一月十七日)
[#改ページ]

     炬燵

 雪がまだ融《と》けぬ。
 夜、二畳の炬燵《こたつ》に入って、架上《かじょう》の一冊を抽《ぬ》いたら、「多情多恨《たじょうたこん》」であった。器械的《きかいてき》に頁《ページ》を翻《ひるがえ》して居ると、ついつり込まれて読み入った。ふっと眼を上げると、向うには鶴子が櫓《やぐら》に突伏《つっぷ》して好い気もちにスヤ/\寝て居る。炬燵の上には、猫が咽《のど》も鳴《な》らさず巴形《ともえなり》に眠って居る。九時近い時計がカチ/\鳴る。台所では細君が皿《さら》の音をさして居る。
 茫々《ぼうぼう》たる過去と、漠々《ばくばく》たる未来の間に、斯《この》一瞬《いっしゅん》の現今は楽しい実在《じつざい》であろう。
 またさら/\と雪になった。
 余は多情多恨を読みつゞける。何と云うても名筆である。柳之助《りゅうのすけ》が亡妻《ぼうさい》の墓に雨がしょぼ/\降って居たと葉山《はやま》に語る条《くだり》を読むと、青山《あおやま》墓地《ぼち》にある春日《かすが》燈籠《とうろう》の立った紅葉山人《こうようさんじん》の墓が、突《つ》と眼の前に現《あら》われた。忽ち其墓の前に名刺《めいし》を置いて落涙《らくるい》する一|青年《せいねん》士官《しかん》の姿《すがた》が現われる。それは寄生木《やどりぎ》の原著者《げんちょしゃ》である。あゝ其青年士官――彼自身|最早《もう》故山の墓になって居るのだ。
 皆さっさと過ぎて行く。
「御徐《おしずか》に!」
 斯く云いたい。
 何故《なぜ》人生は斯《こ》うさっさと過ぎて往って了《しま》うのであろう?
[#地から3字上げ](明治四十二年 一月二十二日)
[#改ページ]

     蓄音器

 あまり淋《さび》しいので、昔は嫌いなものゝ一にして居た蓄音器《ちくおんき》を買った。無喇叺《むらっぱ》の小さなもので、肉声《にくせい》をよく明瞭《めいりょう》に伝える。呂昇《ろしょう》、大隈《おおすみ》、加賀《かが》、宝生《ほうじょう》、哥沢《うたざわ》、追分《おいわけ》、磯節《いそぶし》、雑多《ざった》なものが時々余等の耳に刹那《せつな》の妙音《みょうおん》を伝える。
 あたりが静《しずか》なので、戸をしめきっても、四方に余音《よいん》が伝《つた》わる。蓄音器があると云う事を皆知って了うた。そこで正月には村の若者四十余名を招待《しょうだい》して、蓄音器を興行《こうぎょう》した。次ぎには平生世話になる耶蘇教《やそきょう》信者《しんじゃ》の家族を招待した。次ぎには畑仕事で始終|厄介《やっかい》になる隣字《となりあざ》の若者等を案内した。今夜は村の婦人連を招《まね》いた。生憎《あいにく》前日来の雨で、到底|来者《きて》はあるまいと思うて居ると、それでも傘《かさ》をさして夕刻《ゆうこく》から十数人の来客《らいきゃく》。
 妻と鶴子と逗留中《とうりゅうちゅう》の娘とが席に出て取持つ。
 余は母屋《おもや》の炉《ろ》を擁《よう》して、書《ほん》を見ながら時々書院のさゞめきに耳傾ける。一曲終る毎に、入り乱れたほめ言葉が聞こえる。曲中ながら笑声が起る。二時間ばかりも過ぎた。茶菓が運ばれた。やがて誰やらクド/\言う様子であったが、音譜《おんぷ》の中には聞き覚えのない肉声が高々と響き出した。
 余は窃《そ》と廊下《ろうか》伝《づた》いに書院に往って、障子の外に停《たたず》んだ。蓄音器が歌うのではない。田圃向《たんぼむこ》うのお琴婆さんが歌うのである。
 田圃向うの浜田の源《げん》さんの母者《ははじゃ》は、余の字《あざ》で特色ある人物の一人である。彼女は神道《しんどう》大成教《たいせいきょう》の熱心な信者で、あまり大きくもない屋敷の隅には小さな祠《ほこら》が祭ってあって、今でも水垢離《みずごり》とって、天下泰平《て
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