ぬうと立って居る。其れは鹿であった。
足の下で、奈良《なら》の町の火が美しくつき出した。蜂《はち》の群《む》れの唸※[#「口+云」、第3水準1−14−87]《つぶやき》の様な人声物音が響く。
ぼうン!
麓の方で晩鐘《いりあい》が鳴り出した。其鐘の音《ね》に促《うな》がさるゝかの如く、鴉《からす》が唖※[#二の字点、1−2−22]※[#二の字点、1−2−22]《あああ》と鳴いて、山の暮から野の黄昏《たそがれ》へと飛んで行く。
余等は今一度眼を平原《へいげん》に放った。最早日の名残も消えて、眼に入る一切のものは蒼《あお》い靄《もや》に包まれた。
大和は今暮るゝのである。
底本:「みみずのたはこと(上)」岩波文庫、岩波書店
1938(昭和13)年4月15日第1刷発行
1996(平成8)年12月10日第30刷(入力)
2001(平成13)年11月7日第32刷(校正)
「みみずのたはこと(下)」岩波文庫、岩波書店
1938(昭和13)年6月1日第1刷発行
1996(平成8)年12月10日第25刷(入力)
2001(平成13)年11月7日第27刷(入力、校正)
底本の親本:「みみずのたはこと」岩波書店
1933(昭和8)年刊
入力:奥村正明、小林繁雄
校正:小林繁雄
2002年9月27日作成
2003年5月25日修正
青空文庫作成ファイル:
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