《もう》月が出て、沼の水に螢《ほたる》の様に星が浮いて居た。

       (二)

 明方《あけがた》にはまたぽつ/\降って居たが、朝食《あさめし》を食うと止んだ。小舟で釣《つり》に出かける。汽車の通うセバットの鉄橋の辺《あたり》に来ると、また一しきりざあと雨が来た。鉄橋の蔭《かげ》に舟を寄せて雨宿《あまやど》りする間もなく、雨は最早過ぎて了うた。此辺は沼の中でもやゝ深い。小沼の水が大沼に流れ入るので、水は川の様に動いて居る。いくら釣っても、目《め》ざす鮒《ふな》はかゝらず、ゴタルと云う※[#「魚+少」、第3水準1−94−34]《はぜ》の様な小魚《こざかな》ばかり釣れる。舟を水草《みずくさ》の岸に着《つ》けさして、イタヤの薄紅葉《うすもみじ》の中を彼方《あち》此方《こち》と歩いて見る。下生《したばえ》を奇麗に払った自然の築山《つきやま》、砂地の踏心地《ふみごこち》もよく、公園の名はあっても、あまり人巧《じんこう》の入って居ないのがありがたい。駒が岳のよく見える処で、三脚を据《す》えて、十八九の青年が水彩写生《すいさいしゃせい》をして居た。駒が岳に雲が去来《きょらい》して、沼の水も林も倏忽《たちまち》の中に翳《かげ》ったり、照ったり、見るに面白く、写生に困難らしく思われた。時が移るので、釣を断念し、また舟に上って島めぐりをする。大沼の周囲《めぐり》八里、小沼を合せて十三里、昔は島の数が大小百四十余もあったと云う。中禅寺の幽凄《ゆうせい》でもなく、霞が浦の淡蕩《たんとう》でもなく、大沼は要するに水を淡水にし松を楢《なら》白樺《しらかば》其他の雑木にした松島である。沼尻は瀑《たき》になって居る。沼には鯉、鮒、鰌《どじょう》ほか産しない。今年銅像を建てたと云う大山島、東郷島がある。昔此辺の領主であったと云う武家の古い墓が幾基《いくつ》も立って居る島もあった。夏は好い遊び場であろう。今は寂しいことである。それでも、学生の漕《こ》いで行く小さなボートの影や、若い夫婦の遊山舟《ゆさんぶね》も一つ二つ見えた。舟を唯有《とあ》る岸に寄せて、殊《こと》に美しい山葡萄の紅葉を摘んで宿に帰った。
 午後は画《え》はがきなど書いて、館の表門から陸路停車場に投函《とうかん》に往った。軟《やわ》らかな砂地に下駄を踏《ふ》み込んで、葦《あし》やさま/″\の水草の茂《しげ》った入江の仮橋を渡って
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