つれ/″\に、浜から拾《ひろ》うて来た小石で、子供一人|成人《おとな》二人でおはじきをする。余が十歳の夏、父母に伴《ともな》われて舟で薩摩境《さつまざかい》の祖父を見舞に往った時、唯《たった》二十五里の海上を、風が悪くて天草の島に彼此十日も舟《ふな》がかりした。昔話も聞き尽し、永い日を暮らしかねて、六十近い父と、五十近い母と、十歳の自分で、小石を拾《ひろ》うておはじきをした。今日《きょう》不器用な手に小石を数えつゝ、不図其事を思い出した。
 海岸を歩けば、帆立貝《ほたてがい》の殻《から》が山の如く積んである。浅虫で食ったものゝ中で、帆立貝の柱の天麩羅《てんぷら》はうまいものであった。海浜随処に※[#「王+攵」、第3水準1−87−88]瑰《まいかい》の花が紫に咲き乱れて汐風に香《かお》る。
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野糞《のぐそ》放《ひ》る外《そと》が浜辺《はまべ》や※[#「王+攵」、第3水準1−87−88]瑰花《まいくわいくわ》
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      大沼

       (一)

 津軽《つがる》海峡を四時間に駛《は》せて、余等を青森から函館へ運んでくれた梅ヶ香丸は、新造の美しい船であったが、船に弱い妻は到頭酔うて了うた。一夜函館|埠頭《ふとう》の朴《きと》旅館に休息しても、まだ頭が痛いと云う。午後の汽車で、直ぐ大沼へ行く。
 函館停車場は極《ごく》粗朴《そぼく》な停車場である。待合室では、真赤に喰《くら》い酔うた金襴《きんらん》の袈裟《けさ》の坊さんが、仏蘭西人らしい髯《ひげ》の長い宣教師を捉《つかま》えて、色々|管《くだ》を捲いて居る。宣教師は笑いながら好《い》い加減《かげん》にあしらって居る。
 札幌《さっぽろ》行の列車は、函館の雑沓《ざっとう》をあとにして、桔梗、七飯《なないい》と次第に上って行く。皮をめくる様に頭が軽くなる。臥牛山《がぎゅうざん》を心《しん》にした巴形《ともえなり》の函館が、鳥瞰図《ちょうかんず》を展《の》べた様に眼下に開ける。「眼に立つや海青々と北の秋」左の窓《まど》から見ると、津軽海峡の青々とした一帯の秋潮《しゅうちょう》を隔てゝ、遙《はるか》に津軽の地方が水平線上に浮《う》いて居る。本郷へ来ると、彼|酔僧《すいそう》は汽車を下りて、富士形の黒帽子を冠《かぶ》り、小形の緑絨氈《みどりじゅうたん》のカバン
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