はたち》前後の女が居た。男はせっせと手で土を掘《ほ》って居た。女は世にも蒼ざめた顔をして居た。自然薯《じねんじょ》でも掘るのですかい、と通りかゝりの婆さんがきいたら、何とも返事しなかった。程経てまた通ると、先の男女はまだ其処《そこ》に居た。其前|八幡山《はちまんやま》の畑の辺をまご/\して居たそうである。多分|闇《やみ》から闇にと堕《お》りた胎児《たいじ》を埋めたのであろう。鴫田の婆さんは、自家《うち》の山に其様《そん》な事でもしられちゃ大変だ、と云うて畑の草の中なぞ杖《つえ》のさきでせゝって居たそうだ。
 其若い男女が、ひょっとしたらまた其処《そこ》へ来て居るかも知れぬ。あるいは無分別をせぬとも限らぬ。
 箸《はし》を措《お》くと、外套《がいとう》引かけて出た。体《からだ》も魂《たましい》も倔強《くっきょう》な民が、私お供《とも》致しましょう、と提灯《ちょうちん》ともして先きに立つ。
 八幡下の田圃を突切《つっき》って、雑木林の西側を這《は》う径《こみち》に入った。立どまって良《やや》久《ひさ》しく耳を澄《す》ました。人らしいものゝ気《け》もない。
「何処《どこ》に居るかね、不了簡《ふりょうけん》をしちゃいかんぞ。俺《わし》に相談をして呉れんか」
 声をかけて置いて、熟《じっ》と聞き耳を立てたが、吾声《わがこえ》の攪乱《かきみだ》した雑木山の静寂《せいじゃく》はもとに復《か》えって、落葉《おちば》一つがさとも云わぬ。霜を含んだ夜気《やき》は池の水の様に凝《こ》って、上半部を蝕《く》い欠《か》いた様な片破《かたわ》れ月が、裸《はだか》になった雑木の梢《こずえ》に蒼白く光って居る。
 立とまっては耳を傾《かたむ》け、答《こたえ》なき声を空林《くうりん》にかけたりして、到頭甲州街道に出た。一廻りして、今度は雑木山の東側の径《こみち》を取って返した。提灯は径を歩かして、余は月の光《あかり》を便りに今一度疑問の林に分け入った。株立になった雑木は皆|落葉《おちば》して、林の中は月明《つきあかり》でほの白い。櫟《くぬぎ》から楢《なら》と眼をつけ、がさ/\と吾が踏《ふ》み分くる足下《あしもと》の落葉にも気をつけ、木を掘ったあとの窪《くぼみ》を注視し、時々立止って耳を澄ました。
 居《い》ない。終に何者も居ない。土の下も黙《だま》って居る。
[#地から3字上げ](明治四十二年 十二
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