度洋で死んだ。原著者のツルゲーネフは夙《とう》に死んだ。然しルヂンは生きて居る。ナタリーも生きて居る。アレキサンドラも、ビカソーフも、バンタレフスキーもワルインツオフも生きて居る。
人生短、芸術千古。
[#地から3字上げ](明治四十二年 六月十五日)
[#改ページ]
田圃の簑笠
朝から驟雨性《しゅううせい》の雨がざあと降って来たり、繊《ほそ》い雨が煙ったり、蛞蝓《なめくじ》が縁に上り、井戸|縁《ぶち》に黄な菌《きのこ》が生《は》えて、畳の上に居ても腹の底まで滲《し》み通りそうな湿《しめ》っぽい日。
今日も庭の百日紅《さるすべり》の梢に蛇が居る。何処かの杉の森で梟《ふくろ》がごろ/\咽《のど》を鳴らして居る。麦が収められて、緑暗い村々に、微《すこ》しの明るさを見せるのは卵色の栗の花である。
蛙の声の間々《あいあい》に、たぶ/\、じゃぶ/\田圃に響《おと》がする。見れば簑笠《みのかさ》がいくつも田に働いて居る。遠く見れば水戸様の饌《ぜん》にのりそうな農人形が、膝まで泥に踏み込んで、柄の長い馬鍬《まんが》を泥に打込んでは曳《えい》やっと捏《こ》ね、また打込んでは曳やっとひく。他所では馬に引かす犁《すき》を重そうに人間が引張って、牛か馬の様に泥水《どろみず》の中を踏み込み/\ひいて行く。労力《ろうりょく》其ものゝ画姿を見る様で、気の毒すぎて馬鹿※[#二の字点、1−2−22]※[#二の字点、1−2−22]しく、腹が立つ。労働は好いが、何故《なぜ》牛馬の働《はたらき》までせねばならぬ乎。
然し千歳村は約千町歩の面積《めんせき》の内、田はやっと六十町歩に過ぎぬ。田の労《ろう》は多くない。馬を使う程でもない、と皆が云う。此れでも昔は馬も居たそうだが、今は馬を飼《か》うも不経済《ふけいざい》で、馬を使うより人力がまだ/\ましと皆が云う。共同して馬を飼うたらと云ったこともあるが共同が中々行われぬ。
馬も一利一害である。余の字《あざ》には、二三年来二十七戸の内で馬を飼う家が三軒出来た。内二軒は男の子が不足なので、東京からの下肥《しもごえ》ひきに馬を飼う事を思い立ったのである。然し石山の馬は、口綱をとって行く主人と調子が合わなかった為、一寸した阪路を下る車に主人は脾腹《ひばら》と太腿《ふともも》をうたせ、二月も寝る程の怪我をした。寺本の馬は、新宿で電車に驚いて、盲
前へ
次へ
全342ページ中260ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳冨 蘆花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング