云うものを久しく見ず、評判の帝国座もまだ覗《のぞ》いたことが無いので、見物に出かける。
 劇場の外観は白っぽく冷《つめ》たく、あまり好い感じがせぬ。内は流石に綺羅《きら》びやかなものであった。二階の正面に陣取《じんど》って、舞台や天井《てんじょう》、土間、貴顕《きけん》のボックスと、ずっと見渡した時、吾着物の中で土臭《つちくさ》い体《からだ》が萎縮《いしゅく》するように感じた。
 幕が上った。十五六世紀の西洋の甲冑《かっちゅう》着《つ》けた士卒が出て、鎌倉武士《かまくらぶし》の白《せりふ》を使う。亡霊《ぼうれい》の出になる。やがて丁抹《でんまるく》王城《おうじょう》の場になる。道具立《どうぐだて》は淋《さび》しいが、国王は眼がぎろりとして、如何にも悪党《あくとう》らしい。ガァツルード妃《ひ》は血色が好過ぎ若過ぎ強過ぎた。緑の上衣の若者を一寸ハムレットかと思うたら、そうではなくて、少し傍見《わきみ》をして居た内に、黒い喪服《もふく》のハムレットが出て来て、低い腰掛《こしかけ》にかけて居た。余は熟々《つくづく》とハムレットの顔を見た。成程違わぬ。舞台のハムレットには、幼《おさ》な顔の土肥《どい》君が残って居る。
 土肥君は余の同郷、小学校の同窓《どうそう》である。色の浅黒い、顋《あご》の四角な、鼠《ねずみ》の様な可愛いゝ黒い眼をした温厚《おんこう》な子供であった。阿父《おとっさん》が書家《しょか》樵石《しょうせき》先生だけに、土肥君も子供の時から手跡《しゅせき》見事に、よく学校の先生に褒《ほ》められるのと、阿父が使いふるしの払子《ほっす》の毛先を剪《はさ》み切った様な大文字筆を持って居たのを、余は内々ひどく羨《うらや》んだものだ。其れは西郷戦争前であった。余等の仲間《なかま》では、仲の好い同志遊びに往ったり来たり泊《とま》ったりしたものだ。ある時余は学校の帰りに土肥君と他の二三人を「遊びに来《こ》らし」と引張って、学校から小一里もある余の家に伴《とも》のうた。遊んで居る内日が暮れたので、皆泊ることにした。土肥君は彼《あの》鼠《ねずみ》の様な眼を見据《みす》えて、やゝ不安な寂《さび》しそうな面地をして居たが、皆に説破されて到頭泊った。枕を並べて一寝入《ひとねい》りしたと思うと、余等は起された。土肥君の宅から迎えの使者が来たと云うのである。土肥君はいそ/\起きて一人帰って往
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