て居た。正午の頃までは、裏の櫟林《くぬぎばやし》で吠《ほ》えたりして居た。何時の間に甲州街道に遊びに往って無惨《むざん》の最後《さいご》を遂《と》げたのか。
尤も彼は此頃ひどく弱って居た。彼は年来ピンの押入婿《おしいりむこ》であったが、昨秋新に村人の家に飼われた勇猛《ゆうもう》の白犬の為に一度噛み伏せられてピンをとられて以来、俄に弱って著《いちじる》しく老衰して見えた。彼は其の腹慰《はらい》せであるかの如く、何処からかまだ子供々々した牝犬《めいぬ》を主人の家に連れ込んだ。如何に犬好きの家でも、牝犬二匹は厄介である。主人は度々牝犬を捨てたが、直ぐ舞戻《まいもど》って来た。到頭近所の人を頼み、わざ/\汽車で八王子まで連れて往って捨てゝもろうた。二週間前の事である。其後デカが夜毎に帰っては来たが、昼《ひる》は其牝犬を探《さ》がしあるいて居るらしかった。探がし探がして探がし得ず、がっかりした容子《ようす》は、主人の眼にも笑止《しょうし》に見えた。其様《そん》な事で弱って居る矢先《やさき》、自動車に轢《ひ》かるゝ様なことになったのだろう。春秋《しんじゅう》の筆法《ひっぽう》を以てすれば、取りも直さず牝犬を捨てた主人の余の手にかゝって死んだのである。
彼は幡《はた》ヶ谷《や》の阪川牛乳店に生れて、其処《そこ》此処《ここ》に飼われた。名もポチと云い、マルと云い、色々の名をもって居た。ある大家では、籍まで入れて飼って居たが、交尾期《こうびき》にあまり家をあけるので、到頭|離籍《りせき》して了うた。其様《そん》な事で彼は甲州街道の浮浪犬《ふろういぬ》になり、可愛がられもし窘《いじ》められもした。最後に主従の縁を結んだのが、粕谷の犬好きの家だった。デカは粕谷の犬になって二年|経《へ》た。渡り者のくせで、子飼《こがい》から育てたピンの如くはあり得なかった。主人に跟《つ》いて出ても、中途から気が変って道草を喰《く》ったりしては、水臭《みずくさ》いやつだと主人に怒《おこ》られた。雄犬の癖《くせ》でもあるが、よく家をあけた。先《せん》の主《ぬし》、先々の主、其外|一飯《いっぱん》の恩《おん》ある家《うち》をも必|訪《たず》ねた。悪戯《いたずら》でもして叱られると、直ぐ甲州街道に逃げて往った。然し彼はよく主人をはじめ一家の者になずいて、仮令余が彼を撲《ぶ》ちたゝくことがあっても、彼は手足をち
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