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紫雲英
午後の散歩に一家|打連《うちつ》れて八幡山《はちまんやま》、北沢間《きたざわかん》の田圃《たんぼ》に往った。紫雲英《れんげそう》の花盛りである。
此処は西|欝々《うつうつ》とした杉山《すぎやま》と、東|若々《わかわか》とした雑木山《ぞうきやま》の緑《みどり》に囲《かこ》まれた田圃で、遙《はるか》北手《きたて》に甲州街道が見えるが、豆人《とうじん》寸馬《すんば》遠く人生行路《じんせいこうろ》の図《ず》を見る様で、却《かえっ》てあたりの静《しず》けさを添《そ》える。主人と妻と女児《むすめ》と、田の畔《くろ》の鬼芝《おにしば》に腰を下ろして、持参《じさん》の林檎《りんご》を噛《かじ》った。背後《うしろ》には生温《なまぬる》い田川《たがわ》の水がちょろ/\流れて居る。前は畝《うね》から畝へ花毛氈《はなもうせん》を敷いた紫雲英の上に、春もやゝ暮近《くれちか》い五月の午後の日がゆたかに匂《にお》うて居る。ソヨ/\と西から風が来る。見るかぎり桃色《ももいろ》の漣《さざなみ》が立つ。白い蝶が二つもつれ合うてヒラ/\と舞うて居る。跟《つ》いて来た大きな犬のデカと小さなピンが、蛙《かえる》を追ったり、何かフッ/\嗅《か》いだりして、面白そうに花の海を踏《ふ》み分けて、淡紅《とき》の中に凹《なかくぼ》い緑の線《すじ》をつける。熟々《つくづく》と見て居ると、紅《くれない》の歓楽《かんらく》の世に独《ひとり》聖者《せいじゃ》の寂《さび》しげな白い紫雲英が、彼所《かしこ》に一本、此処《ここ》に一|株《かぶ》、眼に立って見える。主人はやおら立って、野に置くべきを我庭に移《うつ》さんと白きを掘る。白い胸掛《むねかけ》をした鶴子は、寧《むしろ》其美しきを撰《えら》んで摘《つ》み且摘み、小さな手に持ち切れぬ程になったのを母の手に預《あず》けて、また盛に摘んで居る。
主人は田川の生温《なまぬる》い水で泥手《どろて》を洗って、鬼芝の畔に腰かけつゝ、紫雲英を摘む女児を眺めて居る。ぽか/\した暮春《ぼしゅん》の日光《ひざし》と、目に映《うつ》る紫雲英の温《あたた》かい色は、何時しか彼をうっとりと三十余年の昔に連れ帰るのであった。
時は明治十年である。彼は十歳の子供である。彼の郷里は西郷戦争の中心になった。父は祖父を護《ご》して遠方に避難《ひなん》し、兄は京都の英学校に居り、
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