村でも戸毎に蚕《かいこ》は飼いながら、蚕室を有つ家は指を屈する程しか無い。板の間に薄べり敷《し》いて、大きな欅の根株《ねっこ》の火鉢が出て居る。十五六人も寄って居た。石山氏が、
「これは今度東京から来《き》されて仲間に入れておもらい申してァと申されます何某《なにがし》さんで」
と紹介《しょうかい》する。其尾について、彼は両手《りょうて》をついて鄭重《ていちょう》にお辞儀《じぎ》をする。皆が一人※[#二の字点、1−2−22]※[#二の字点、1−2−22]《ひとりひとり》来ては挨拶する。石山氏の注意で、樽代《たるだい》壱円仲間入のシルシまでに包んだので、皆がかわる/″\みやげの礼《れい》を云う。粕谷は二十六軒しかないから、東京から来て仲間に入《はい》ってくれるのは喜ばしいと云う意を繰り返し諸君が述べる。会衆中で唯《ただ》一人チョン髷《まげ》に結った腫《は》れぼったい瞼《まぶた》をした大きな爺《じい》さんが「これははァ御先生様《ごせんせいさま》」と挨拶した。
 やがてニコ/\笑って居る恵比須顔《えびすがお》の六十|許《ばかり》の爺さんが来た。石山氏は彼を爺さんに紹介して、組頭の浜田さんであると彼に告げた。彼は又もや両手をついて、何も分からぬ者ですからよろしく、と挨拶する。
 二十五六人も寄った。これで人数は揃ったのである。煙草《たばこ》の烟《けむり》。話声。彼真新しい欅の根株の火鉢を頻に撫でて色々に評価する手合《てあい》もある。米の値段の話から、六十近い矮《ちいさ》い真黒な剽軽《ひょうきん》な爺さんが、若かった頃米が廉《やす》かったことを話して、
「俺《わし》と卿《おまえ》は六合の米よ、早くイッショ(一緒《いっしょ》、一|升《しょう》)になれば好い」
 なんか歌ったもンだ、と中音《ちゅうおん》に節《ふし》をつけて歌い且話して居る。
 腰の腫物《はれもの》で座蒲団も無い板敷の長座は苦痛《くつう》の石山氏の注意で、雑談会《ざつだんかい》はやおら相談会に移った。慰兵会の出金問題《しゅっきんもんだい》、此は隣字から徴兵《ちょうへい》に出る時、此字から寸志を出す可きや否の問題である。馬鹿々々しいから出すまいと云う者もあったが、然し出して置かねば、此方から徴兵に出る時も貰う訳に行かぬから、結局出すと云う事に決する。
 其れから衛生委員《えいせいいいん》の選挙、消防長の選挙がある。テー
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