こらの麦の収納をするが、其れは人を傭《やと》うたりして直ぐ片づいてしまう。慰《なぐさ》みにくるり棒を取った処で、大した事も無い。買った米を食う先生には、大麦の二俵三俵取れたところで、何でもないのだ。単純な充実《じゅうじつ》した生活をする農家が今|勝誇《かちほこ》る麦秋の賑合《にぎわい》の中に、気の多い美的百姓は肩身狭く、憊《つか》れた心と焦々《いらいら》した気分で自ら己を咀《のろ》うて居る。さっぱりと身を捨てゝ真実の農にはなれず。さりとて思う様に書けもせず。彼方《あち》を羨《うらや》んで見たり、自ら憐んで見たり。中途|半端《はんぱ》な吾儘《わがまま》生活をする罰《ばち》だ。致方は無い。もとより見物人も役者の一人ではある。然し離《はな》れて独り見物は矢張|寂《さび》しい。
終日|懊悩《おうのう》。夕方庭をぶら/\歩いた後、今にも降り出しそうな空の下に縁台《えんだい》に腰かけて、庭一ぱいに寂寥《さびしさ》を咲《さ》く月見草の冷たい黄色の花をやゝ久しく見入った。
[#地から3字上げ](明治四十五年 六月五日)
[#改ページ]
堀川
一
新聞を見たら、今夜本郷中央会堂で呂昇の堀川がある。蓄音器では、耳にタコの出来る程|鳥辺山《とりべやま》も聞いて居る。生《しょう》の声で呂昇の堀川は未だ聞かぬ。咽喉《のど》が悪いとて療治をして居ると云うが如何だろう、と好奇心も手伝うて、午後|独歩《どっぽ》荻窪《おぎくぼ》停車場《すてえしょん》さして出かける。
デカが跟《つ》いて来る。ピンは一昨夜子を生んだので、隣家《となり》の前まで見送って、御免を蒙《こうむ》った。朝来の雨は止んで、日が出たが、田圃はまだ路が悪い。田植時《たうえどき》も近いので、何《ど》の田も生温《なまぬる》い水満々と湛《たた》え、短冊形《たんざくがた》の苗代は緑の嫩葉《わかば》の勢揃《せいぞろ》い美しく、一寸其上にころげて見たい様だ。泥《どろ》の楽人《がくじん》蛙の歌が両耳に溢《あふ》れる。甲州街道を北へ突切《つっき》って行く。大麦は苅られ、小麦は少し色づき、馬鈴薯や甘藷《さつまいも》、草箒《くさほうき》などが黒い土を彩《いろ》どって居る。其間を太《ふと》いはりがねを背負って二本ずつ並んで西から北東へ無作法《ぶさほう》に走って居るのが、東京電燈の電柱である。一部を赤く塗《ぬ》って、大きな黒文字で危険と書き、注意と書いてある。其様《そん》な危険なものなら、百姓の頭の上を引張《ひっぱ》らずと、地下でも通したらよさそうなものだ。
よく身投《みなげ》があるので其|袂《たもと》に供養《くよう》の卒塔婆《そとば》が立って居る玉川上水の橋を渡って、田圃に下り、また坂を上って松友《しょうゆう》の杉林の間を行く。此処の杉林は見ものである。檣《ほばしら》、電柱、五月鯉《さつきのこい》の棹《さお》などになるのが、奇麗に下枝を下《お》ろされ、殆んど本末の太さの差もなく、矗々《すくすく》と天を刺して居る。電燈会社は、此杉林を横断《おうだん》して更に電線を引きたがって居るが、松友の財産家が一万円出すと云う会社の提議《ていぎ》を刎《は》ねつけて応ぜぬので、手古摺《てこず》って居るそうである。
雨がはら/\と来た。ステッキ一本の余は、降ったり止んだりする危《あぶな》げな空を眺め※[#二の字点、1−2−22]※[#二の字点、1−2−22]行く。田無街道を突切って、荻窪停車場に来た。
中野まで汽車。中野から電車。お茶の水で下りて、本郷中央会堂に往った。
二
何の為の慈善演芸会か知らぬが、中央会堂はほゞ一ぱいになって居た。演壇では、筒袖《つつそで》の少年が薩摩《さつま》琵琶《びわ》を弾《ひ》いて居た。凜々《りり》しくて好い。次ぎは呂昇の弟子の朝顔日記浜松小屋。まだ根から子供だ。其れから三曲《さんきょく》合奏《がっそう》の熊野《ゆや》。椅子にかけての琴、三絃《さみせん》は、見るにあぶなく、弾きにくゝはあるまいかと思われた。三曲|済《す》んで休憩《きゅうけい》になった。
九時二十分頃、呂昇が出て来て金屏風《きんびょうぶ》の前の見台《けんだい》に低頭《ていとう》した。連《つ》れ弾《びき》は弟子の昇華《しょうか》。二人共時候にふさわしい白地に太い黒横縞《くろよこしま》段だらの肩衣《かたぎぬ》を着て居る。有楽座で初めて中将姫を聞いた時よりヨリ若く今宵《こよい》は見えた。場内は一ぱいになった。頭の禿《は》げた相場師らしいのや、瀟洒《しょうしゃ》とした服装《なり》の若い紳士や、涼《すず》しく装うた庇髪《ひさしがみ》、皆呂昇の聴者《ききて》である。場所柄に頓着《とんじゃく》なく、しっかり頼みますぞ、など声をかける者がある。それを笑う声も起った。
呂昇は無頓着に三絃取って斜
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