十一時|雑煮《ぞうに》。東京仕入の種物《たねもの》沢山で、頗《すこぶる》うまい。長者気《ちょうじゃき》どりで三碗|代《か》える。尤も餅《もち》は唯三個。

           *

 朝は晴、やがて薄曇《うすぐも》って寒かったが、正午頃《しょうごころ》からまた日が出て暖《あたたか》になった。
 自家《うち》は正月元日でも、四囲《あたり》が十二月一日なので、一向正月らしい気もちがせぬ。年賀に往く所もなく、来る者も無い。
 デデンがぶらりと遊びに来た。デデンは唖の巳代吉《みよきち》が事である。唖で口が利けぬが、挨拶《あいさつ》をする場合には、デデンと云う声を出す。彼は姦淫《かんいん》の子である。戸籍面《こせきめん》の父は痴《おろか》で、母は莫連者《ばくれんもの》、実父は父の義弟《ぎてい》で実は此村の櫟林《くぬぎばやし》で拾《ひろ》われた捨子《すてご》である。捨てた父母は何者か知らぬが、巳代吉が唖ながら心霊《しんれい》手巧《しゅこう》職人風のイナセな容子を見れば、祖父母の何者かが想像されぬでもない。巳代吉は三歳《みっつ》までは口をきいた。ある日「おっかあ、お湯が呑みてえ」と呼んだきり唖となった。何ものが彼の舌を縛《しば》ったか。同じ胤《たね》と云う彼の弟も盲であるのを見れば、梅毒《ばいどく》の遺伝もあろう。父母の心の咎《とがめ》も与《あずか》って力あるかも知れぬ。兎に角彼は唖になった。
「イエス行く時、生来《うまれつき》なる瞽《めくら》を見しが、其弟子彼に問ふて曰ひけるは、ラビ、此人の瞽に生れしは誰の罪なるや、己に由るか、又二親に由るか。イエス答へけるは、此人の罪に非ず、亦其二親の罪にもあらず、彼に由て神の作為《わざ》の顕はれん為也。此事を言ひて地に唾《つば》きし、唾にて土を和《と》き、其泥を瞽者《めしひ》の目に塗《ぬ》り、彼に曰ひけるは、シロアム[#「シロアム」に二重傍線]の池に往きて洗《あら》へ。彼則ち往きて洗ひ、目見ることを得て帰れり。」
 耶蘇《やそ》程《ほど》の霊力《れいりょく》があるなら、巳代吉の唖は屹度《きっと》癒《なお》る。年来《ねんらい》眼の前に日々此巳代吉に現《あら》わるゝ謎《なぞ》を見ながら、哀《かな》しいかな不信《ふしん》軽薄《けいはく》の余には、其謎を解《と》き其舌の縛《しばり》を解く能力《ちから》が無い。彼がデデンと呼んで来れば、デデンと応ずるまでゝある。

           *

 淋《さび》しい元日であった。
 あまり淋しいので、夜《よる》隣家《となり》の人々を案内にやったら、皆|浪花節《なにわぶし》に出かけて留守だった。
[#地から3字上げ](明治四十四年)
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     芝生の上

 正月に入って、連日《れんじつ》美晴《びせい》。
 庭を歩くと、吹くともない風が冷やり/\顔を撫《な》でる。日はほか/\と暖かい。杉《すぎ》は鳶色《とびいろ》になり、松は微黄《びこう》を帯《お》び、裸《はだか》になった楓《かえで》の枝《えだ》には、四十雀《しじゅうから》が五六|羽《ぱ》、白頬《しろほ》の黒頭《くろあたま》を傾《かし》げて見たり、ヒョイ/\と枝から枝に飛んだりして居る。地蔵様《じぞうさま》の影が薄《うっ》すら地に落ちて居る。
 デカとピンとチョンが、白茶《しらちゃ》のフラシ天《てん》の敷物《しきもの》を敷きつめた様な枯れて乾《かわ》いた芝生《しばふ》に悠々《ゆうゆう》と寝《ね》そべり、満身に日を浴《あ》びながら、遊んで居る。過去は知らず、将来は知らず、現在の彼等は幸福《こうふく》である。幸福な彼等を眺《なが》めて楽《たのし》む主人《あるじ》も、不幸な者とは云われない。
 勝手の方で、飯《めし》をやる合図《あいず》の口笛《くちぶえ》が鳴ったので、犬の家族は刎《は》ね起きて先を争うて走って往った。主人はやおら下駄《げた》をぬいで、芝生の真中《まんなか》に大の字に仰臥《ぎょうが》した。而して一鳥|過《よ》ぎらず片雲《へんうん》駐《とど》まらぬ浅碧《あさみどり》の空《そら》を、何時までも何時までも眺めた。
[#地から3字上げ](明治四十五年 一月十日)
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     小鳥

 芝生を焼く。
 水島生《みずしませい》が来た。社会主義《しゃかいしゅぎ》神髄《しんずい》を返えし、大英遊記《だいえいゆうき》を借りて往った。林の中で拾《ひろ》ったと云って、弾痕《だんこん》ある鶇《つぐみ》を一|羽《わ》持て来た。食う気になれぬので、楓の下に埋葬《まいそう》。
 銃猟《じゅうりょう》は面白いものであろう。小鳥はうまいものである。此村にはあまり銃猟に来る都人士もないので、小鳥は可なり多い。ある日庭を歩いて居ると、突然東の方から嵐《あらし》の様な羽音《はおと》を立てゝ、夥《おびただ》しい小鳥の群
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