御座います。
私は今は外科室の患者が四十人ばかり居る室で働いて居ります。随分ひどい重傷の人も居ります。脊骨《せぼね》を挫《くじ》いた人が三人程に、火傷《やけど》の人や、三階や二階から落ちた人や、盲腸炎《もうちょうえん》の人や、なか/\種々な種類の患者が居ります。
脊骨が折れても余病さえ起さねば大丈夫で御座います。一人は肺炎を起して死にましたが、後の二人は丈夫で居りますが、然し実に痛たそうで随分気の毒で御座います。初めは手術室から帰って来た患者の側《そば》に居って看護をいたします事が一番恐ろしく、殊に睡眠剤《すいみんざい》の臭《におい》が鼻について自分が心地が悪くなりましたが、近頃は慣れて平気になりました。それからどんないやな恐ろしい事でも、自分がせねばならぬと思いますれば、何でも出来ます。未だ初めで御座いまして、ベッドを作る事や、病人の敷布《しいつ》をかえる事や、器械を煮《に》て消毒する事や、床ずれの出来ぬように患者の脊《せなか》をアルコールで擦《こす》る事や、氷嚢やら湯嚢《ゆたんぽ》やらをあてゝやったり、呑物《のみもの》を作って与えましたり、何やかやと、一日を忙《せ》わしく、足は棒のようになりまして、七時に室に帰って参りましても、疲れて起きて居る事が出来ません程で御座います。
朝は六時に起きまして、六時半に食堂に参りますが、初めは慣れぬし、三十分間に顔を洗い髪を結い制服を着、また床をなおす事が出来ませんでしたが、今では出来得るようになりました。慣れゝば十五分位でも出来得るようになるそうで御座います。見ないで後《うしろ》のボタンを掛けるのがむずかしく、出来ないで始めはよわりましたが、いつの間にか慣れて来ました。昼は忙《せ》わしいのと、夜は疲れますので、つい/\気《き》不調法《ぶちょうほう》にもなりまして、皆様に御無沙汰を申上て居ります。然し夢はなつかしき千歳村の御宅の様子や、また私の母や妹の事など夢みます。いつも夢では日本に居ります。未だ此の地に参りましてから西洋の夢は見ません。年来聞き及びました理想を実際に行う事が出来まして、実に愉快《ゆかい》に思います。患者は米国人も居れば、独乙人《どいつじん》、伊太利人、ギリーク人、黒色人、実にあらゆる人を交えて居ります。初めは何だか異人のような気がして妙でしたが、今は平気になりまして、黒人でも誰でも自分の同胞の如く思われ、出来得るだけ親切に世話してやりたいと務めて居ります。初めは患者の方でも妙に思うたらしゅう御座いましたが、近頃ではよくなずいて、随分よくおとなしくして居てくれますし、病人の方から親切に語をかけてくれますようになりました。
校長もよろしい御方で、親切にして居て下さいます。私も日本に居りました時は、丈夫でいばりましたが、ニューヨークに参りましてから余り丈夫ではなく、風土やら食物やら万事が変った故で御座いましょう、昨日からも少し工合が悪しく寝て居りましたら、校長も度々見舞に来て呉れますし、なか/\手厚き看護して呉れますから、感謝いたして居ります。今日は午後から病院の働きに出ようと思いましたが、校長から許しが出ませんから、病院に参りませんで、床の上に座《すわ》って先日から書きかけました御手紙を書きつゞけました。
葛城は明年ユニオンを卒業いたしますから、出ましたら直ぐ独乙へ行って二年程居って、それから直ぐ日本へ帰りたいと申して居ります。私は身体《からだ》のつゞく限りは病院に居りたいと思うて居ります。出来るなら卒業をしたいと思いますが、卒業せぬでもかまいませんが、とにかく半年居ってもためになると思います。……葛城も本月の三日頃からとう/\働きに参りました。随分やはり骨が折れるそうで、気の毒に思いますが、少しは働いて見た方がよろしいと思います。……前には手紙を書いてから見るまでは一月もかゝりましたが、今は四時間程たてば手紙は参りますし一時間かゝればニューヨークにも行かれます、一週間に一度は多分逢えますから、幸福に思うて居ります。私は是非とも三四年は米国に居りたく思うて居ります、今の処では。
葛城は米国嫌いで、来年になったら直ぐ独乙へ行くと申して居ります。私も独乙行を勧めて居ります。是非行くようにと望んで居ります。
ニューヨークへ行きますには、地下の電車でも、亦エレベーターでもどちらでも取って参れます。私は近頃はニューヨークに独りで参れるようになりました。……御蔭様にて只今は満足して感謝して働いて居ります。少しも日本に未《ま》だ帰りたく思いません。永く米国に居りたく思います。米国に参りまして気が清々《せいせい》となりました。葛城が居りますから、何かと心強う御座います。然し手足まといにならぬよう世話にならぬようには充分致して居ります。末筆ながら鶴子様にはどんなに御可愛らしくいらっしゃいま
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