や、残る紅の葉鶏頭《はげいとう》や、蜂虻《はちあぶ》の群がる金剛纂《やつで》の白い大きな花や、ぼうっと黄を含んだ芝生や、下葉《したは》の褐色《かっしょく》に凋《しお》れて乾《かわ》いた萩や白樺や落葉松や、皆斯夕日に寂《さび》しく栄《は》えて居る。鮮やかであるが、泣いて居る。美《うる》わしいが、寂しい。
 今日はさびしい日である。
[#地から3字上げ](大正元年 十月二十八日)
[#改ページ]

     展望台に上りて

       上

 余の書窓《しょそう》から西に眺《なが》むる甲斐《かい》の山脈《さんみゃく》を破《は》して緑色|濃《こ》き近村《きんそん》の松の梢《こずえ》に、何時の程からか紅白|染分《そめわけ》の旗が翻《ひるがえ》った。機動演習《きどうえんしゅう》の目標《もくひょう》かと思うたら、其れは京王電鉄《けいおうでんてつ》が沿線繁栄策の一として、ゆく/\東京市の寺院墓地を移す為めに買収《ばいしゅう》しはじめた敷地《しきち》二十万坪を劃《しき》る目標の一つであった。
 京王電鉄調布上高井戸間の線路《せんろ》工事《こうじ》がはじまって、土方《どかた》人夫《にんぷ》が大勢《おおぜい》入り込み、鏡花君の風流線にある様な騒ぎが起ったのは、夏もまだ浅い程の事だった。娘が二人|辱《はずか》しめられ、村中の若い女は震え上り、年頃《としごろ》の娘をもつ親は急いで東京に奉公に出すやら、無銭飲食を恐れて急に酒樽を隠すやら、土方が真昼中甲州街道をまだ禁菓《きんか》を喰《く》わぬアダム同様|無褌《むふんどし》の真裸《まっぱだか》で横行濶歩、夜は何《ど》の様な家へでも入込むので、未だ曾て戸じまりをしたことがない片眼《かため》婆《ばあ》さんのあばら家まで、遽《あわ》てゝかけ金《がね》よ釘《くぎ》よと騒いだりした。其れも工程の捗取《はかど》ると共に、何時《いつ》しか他所《よそ》に流れて往って了うた。やがて起ったのが、東京の寺院墓地移転用敷地廿万坪買収の一件である。
 京王電鉄も金が無い。東京の寺や墓地でも引張《ひっぱ》って来て少しは電鉄沿線の景気をつけると共に、買った敷地を売りつけて一儲《ひともう》けする、此は京王の考としてさもありそうな話である。田舎はもとより金が無い。比較的小作料の低廉な此辺の大地主は、地所を荷厄介《にやっかい》にして居る。また大きな地主で些《ちと》派手《はで》
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