ゅう》に大きな物の唸《うな》り声が響く。縁から見上げると、夏に見る様な白銅色の巻雲《けんうん》を背《うしろ》にして、南の空《そら》に赤い大紙鳶《おおだこ》が一つ※[#「風+昜」、第3水準1−94−7]《あが》って居る。ブラ下げた長い長い二本の縄《なわ》の脚《あし》を軟《やわ》らかに空中に波うたして、紙鳶《たこ》は心《こころ》長閑《のどか》に虚空《こくう》の海に立泳《たちおよ》ぎをして居る。ブーンと云うウナリが、武蔵野一ぱいに響き渡る。
春だ。
晩食に摘草の馳走。野蒜の酢味噌《すみそ》は可《か》、ひたし物の嫁菜は苦《にが》かった。
(五)彼岸入り
三月十八日。彼岸の入り。
風はまだ冷《つめ》たいが、雲雀の歌にも心なしか力《ちから》がついて、富士も鉛色《なまりいろ》に淡《あわ》く霞《かす》む。
庭には沈丁花《ちんちょうげ》の甘《あま》い香《か》が日も夜も溢《あふ》れる。梅は赤い萼《がく》になって、晩咲《おそざき》紅梅《こうばい》の蕾がふくれた。犬が母子《おやこ》で芝生《しばふ》にトチ狂《くる》う。猫が小犬の様に駈《か》け廻《まわ》る。
春だ。
彼岸入りで、団子《だんご》が出来た。
墓参が多い。
夕方、静《しずか》になった墓地に往って見る。沈丁花《ちんちょうげ》、赤椿《あかつばき》の枝が墓前《ぼぜん》の竹筒《たけつつ》や土に插《さ》してある。線香《せんこう》の烟《けむり》が徐《しず》かに※[#「風+昜」、第3水準1−94−7]《あが》って居る。不図見ると、地蔵様の一人《ひとり》が紅木綿《べにもめん》の着物を被《き》て居られる。先月|幼《おさ》な娘を亡《な》くした松さんとこで被《き》せ申したのであろう。
(六)蛇出穴
三月二十八日。
近来の美晴。朝飯後高井戸に行って、石を買う。武蔵野に石は無い。砂利《じゃり》や玉石《たまいし》は玉川|最寄《もより》から来るが、沢庵《たくあん》の重石《おもし》以上は上流|青梅《あおめ》方角から来る。一貫目一銭五厘の相場《そうば》だ。択《えら》んだ石を衡《はかり》にかけさせて居たら、土方体《どかたてい》の男が通りかゝって眼を※[#「目+登」、第3水準1−88−91]《みは》り、
「石を衡にかける――驚いたな」
と云った。
午後は田圃《たんぼ》伝いに船橋《ふなばし》の方に出かける。門を出
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