包んだランプをかゝえて彼等に跟《つ》いて来た。
東京から引越《ひっこし》当座《とうざ》の彼等が態《ざま》は、笑止《しょうし》なものであった。昨今の知り合いの石山さんを除《のぞ》く外|知人《しりびと》とては素《もと》よりなく、何が何処にあるやら、何《ど》れを如何《どう》するものやら、何角《なにか》の様子は一切|分《わ》からず。狭《せま》いと汚穢《きたなさ》とは我慢するとしても、一《ひと》つ家《や》の寒さは猛烈《もうれつ》に彼等に肉迫《にくはく》した。二百万の人いきれで寄り合うて住む東京人は、人烟《じんえん》稀薄《きはく》な武蔵野の露骨《ろこつ》な寒さを想い見ることが出来ぬ。二月の末、三月の始、雲雀《ひばり》は鳴いて居たが、初めて田舎のあばら家《や》住居《ずまい》をする彼等は、大穴のあいた荒壁《あらかべ》、吹通しの床下《ゆかした》、建具《たてぐ》は不足し、ある建具は破《やぶ》れた此の野中の一つ家と云った様な小さな草葺《くさぶき》を目がけて日暮れ方《がた》から鉄桶《てっとう》の如く包囲《ほうい》しつゝずうと押寄《おしよ》せて来る武蔵野の寒《さむさ》を骨身《ほねみ》にしみて味《あじ》わった。風吹き通す台所《だいどこ》に切ってある小さな炉《ろ》に、木片《こっぱ》枯枝《かれえだ》何くれと燃《も》される限りをくべてあたっても、顔は火攻《ひぜめ》、背《せな》は氷攻《こおりぜ》めであった。とめやが独で甲斐々々しく駈《か》け廻った。煮焚《にたき》勿論《もちろん》、水ももろうてあるき、五丁もはなれた足場の悪い品川堀《しながわぼり》まで盥《たらい》をかゝえて洗濯に往っては腰を痛くし、それでも帰途《かえり》には蕗《ふき》の薹《とう》なぞ見つけて、摘《つ》んで来ることを忘れなかった。襷《たすき》がけのまゝ人に聞き/\近在《きんざい》を買物《かいもの》に駈け歩いて、今日《きょう》は斯様《こん》な処を歩きました、妙《みょう》な処に店《みせ》は出してない呉服屋《ごふくや》がありましたと一々報告した。彼女は忽ち近隣《きんりん》の人々と懇意《こんい》になった。墓地向うの家《うち》の久さんの子女《こども》が久さんを馬鹿にするのを見かねて、余《あんま》りでございますねと訴《うった》えた。唖の子の巳代吉《みよきち》とは殊《こと》に懇意になって、手真似《てまね》で始終《しじゅう》話して居た。唖との交渉はとめや
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