新生涯に絡《から》んで忘れ難い恩人の一人《ひとり》である。
明治三十九年美的百姓が露西亜《ろしあ》から帰って、青山《あおやま》高樹町《たかぎちょう》に居《きょ》を定むると間《ま》もなく、ある日|銀杏返《いちょうがえ》しに白い薔薇《ばら》の花簪《はなかんざし》を插した頬《ほお》と瞼《まぶた》のぽうと紅《あか》らんだ二十前後の娘が、突然唯一人でやって来て、女中《じょちゅう》になると云う。名はとめと云って江州《ごうしゅう》彦根在《ひこねざい》の者であった。兄が東京で商売をして居るので、彼女も出京してある家に奉公中、逗子で懇意になった老人夫婦の家の女中から高樹町の家の事を聞き込み、自《みずか》ら推薦《すいせん》して案内もなく女中に来たのであった。使《つか》って見ると、少し愚《おろ》かしい点《とこ》もあるが、如何にも親切な女で、毎《いつ》も莞爾々々《にこにこ》して居る。一度泥棒が入って後、彼女は離れて独女中部屋に寝るを恐れたが、部屋に戸締《とじま》りをつけてやると、安心して寝た。その兄はシャツ、ズボン下《した》など莫大小物《めりやすもの》の卸売《おろしうり》をして居るので、彼女も少しミシンを稽古《けいこ》して置きたいと云う。承知したら、彼女は喜んで日々|弁当持参《べんとうじさん》で高樹町から有楽町《ゆうらくちょう》のミシン教場《きょうじょう》へ通ったが、教場があまり騒々《そうぞう》しくて頭がのぼせるし、加上《そのうえ》ミシン台《だい》の数が少ないので、生徒間に競争が劇《はげ》しく、ズウズウしい女達《おんなたち》が順番《じゅんばん》になった彼女を押のけてミシンを占領したりするので、彼様《あん》な処へは最早《もう》行くのは嫌《いや》でござりますと云って、到頭《とうとう》女中専門になった。
彼女が奉仕《ほうし》の天使の如く突然高樹町の家《うち》に現《あら》われてから六月目《むつきめ》に、主人夫婦は東京を引払うて田舎に移った。如何に貧乏な書生生活でも、東京で二十円の借家から六畳|二室《ふたま》の田舎《いなか》のあばら家への引越しは、人目《ひとめ》には可なりの零落《れいらく》であった。奉公人にはよい見切時《みきりどき》である。然しとめやは馴染《なじみ》もまだそれ程深くない主人夫婦を見捨てなかった。彼女は東京に居らねばならぬ身体《からだ》であったが、当分御手伝をすると云うて、風呂敷に
前へ
次へ
全342ページ中214ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳冨 健次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング