あらむしろ》を敷いて、汚《よご》れた莫大小《めりやす》のシャツ一つ着《き》た二十四五の毬栗頭《いがぐりあたま》の坊さんが、ちょこなんと座《すわ》って居る。後《うしろ》に、細君であろ、十八九の引《ひっ》つめに結《ゆ》って筒袖《つつそで》の娘々《むすめむすめ》した婦人が居る。土間には、西洋種の瓢形《ふくべがた》南瓜《かぼちゃ》や、馬鈴薯《じゃがいも》を堆《うずたか》く積んである。奥の壁つきには六字|名号《みょうごう》の幅《ふく》をかけ、御燈明《おとうみょう》の光ちら/\、真鍮《しんちゅう》の金具《かなぐ》がほのかに光って居る。妙《みょう》に胸《むね》が迫《せま》って来た。紙片《しへん》と鉛筆を出して姓名を請うたら、斗満大谷派説教場創立係|世並《よなみ》信常《しんじょう》、と書いてくれた。朝露の間《ま》は子供に書《ほん》を教え、それから日々夫婦で労働して居るそうだ。御骨も折れようが御辛抱《ごしんぼう》なさい、急いで立派な寺なぞ建てないで、と云って別《わかれ》を告げる。戸外《そと》に紫の蝦夷菊《えぞぎく》が咲いて居た。あとで聞けば、坊さんは越後者《えちごもの》なる炭焼小屋の主人《あるじ》が招いたので、去年も五十円から出したそうだ。檀家《だんか》一軒のお寺もゆかしいものである。
樺林《かばばやし》を拓《ひら》いて、また一軒、熊笹と玉蜀黍《とうもろこし》の稈《から》で葺《ふ》いた小舎《こや》がある。あたりには樺《かば》を伐《き》ったり焼いたりして、黍《きび》など作ってある。関翁が大声で、「婆サン如何《どう》したかい、何故《なぜ》薬取りに来ない?」と怒鳴《どな》る。爺《じい》さんが出て来て挨拶する。婆さんは留守だった。十一二の男児《むすこ》が出て来る。翁は其肩をたゝき顔を覗《のぞ》き込むようにして「如何《どう》だ、関《せき》の爺《じい》を識《し》ってるか。ウム、識ってるか」子供がにこ/\笑う。路は樺林をぬけて原に出る。霜枯れた草原に、野生《やせい》松葉独活《アスパラガス》の実《み》が紅玉を鏤《ちりば》めて居る。不図白木の鳥居《とりい》が眼についた。見れば、子供が抱《かか》えて行って了《しま》いそうな小さな荒削《あらけず》りの祠《ほこら》が枯草の中に立って居る。誰が何時《いつ》来て建てたのか。誰が何時来て拝《おが》むのか。西行《さいぎょう》ならばたしかに歌よむであろ。歌も句もなく
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