に出た。一坪程の小さな草舎《くさや》がある。屋後《うしろ》には熊の髑髏《あたま》の白くなったのや、まだ比較的|生《なま》しいのを突き刺《さ》した棹《さお》、熊送りに用うるアイヌの幣束イナホなどが十数本、立ったり倒れたりして居る。此は関家で熊狩《くまがり》に雇《やと》って置くアイヌのイコサックルが小屋で、主は久しく留守なのである。覗《のぞい》て見ると、小屋の中は薄暗く、着物の様なものが片隅に置いてある。昔は置きっぱなしで盗まるゝと云う様な事はなかったが、近来人が入り込むので、何時かも大切の鉄砲を盗まれたそうだ。(イコサックルは何を悲観したのか、大正元年の夏多くの熊を射た其鉄砲で自殺した。)
 駅逓にはいる時、大勢の足音がする。見れば、巨鋸《おおのこ》や嚢を背負い薬鑵を提《さ》げた男女が、幾組も/\西へ通る。三井の伐木隊《ばつぼくたい》である。富源の開発も結構だが、楢《なら》の木《き》はオークの代用に輸出され、エゾ松トヾ松は紙にされ、胡桃《くるみ》は銃床に、ドロはマッチの軸木《じくぎ》になり、樹木の豊富を誇る北海道の山も今に裸になりはせぬかと、余は一種|猜忌《さいき》の眼を以て彼等を見送った。
 夕方台所が賑やかなので、出て見る。真白に塗った法界屋《ほうかいや》の家族五六人、茶袋を手土産に、片山夫人と頻に挨拶に及んで居る。やがて月琴《げっきん》を弾いて盛《さかん》に踊《おど》った。
 夕食に鮪《まぐろ》の刺身《さしみ》がつく。十年ぶりに海魚《うみざかな》の刺身を食う、と片山さんが嘆息する。汽車の御馳走だ。
 要するに斗満も開けたのである。
 九月二十七日。美晴。
 今日は斗満の上流ニオトマムに林学士《りんがくし》の天幕《てんと》を訪《と》う日である。朝の七時関翁、余等夫妻、草鞋ばきで出掛ける。鶴子は新之助君が負《おぶ》ってくれる。貢君は余等の毛布や、関翁から天幕へみやげ物の南瓜《とうなす》、真桑瓜《まくわうり》、玉蜀黍《とうもろこし》、甘藍《きゃべつ》なぞを駄馬《だば》に積み、其上に打乗って先発する。仔馬《こうま》がヒョコ/\ついて行く。又一君も馬匹《ばひつ》を見がてら阪の上まで送って来た。
 阪を上り果てゝ、囲《かこ》いのトゲ付《つき》鉄線《はりがね》を潜《くぐ》り、放牧場を西へ西へと歩む。赭い牛や黒馬が、親子友だち三々伍々、群《む》れ離れ寝たり起きたり自在《じざい》
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