君の案内で、親子三人|※[#「陸」の「こざと」に代えて「冫」、上巻−297−11]別《りくんべつ》の方に行って見る。斗満橋を渡ると、街道の北側に葭葺の草舎が一棟。明治三十五年創業の際建てた小屋だ、と貢君説明する。今は多少の修補をして、又一君と其縁戚の一少年とが住んで居る。直ぐ其側に二十坪程の木羽葺《こっぱぶき》の此山中にしては頗立派なまだ真新しい家が、戸をしめたまゝになって居る。此は関翁の為に建てられた隠宅だが、隠居嫌の翁は其を見向きもせずして寧駅逓に住み、台所の板敷にストーブを囲んで一同と黍飯《きびめし》を食って居るのである。道をはさんで、粗造な牛舎や馬舎が幾棟、其処らには割薪《わりまき》が山のように積んである。此辺は蕨《わらび》を下草にした楢《なら》の小山を北に負うて暖かな南向き、斗満の清流直ぐ傍《そば》を流れ、創業者の住居に選びそうな場所である。山角《やまはな》をめぐって少し往くと、山際《やまぎわ》に草葺のあばら舎《や》がある。片山君等が最初に建てた小舎だが、便利のわるい為め見すてゝ川側《かわはた》に移ったそうな。何時の間にか※[#「陸」の「こざと」に代えて「冫」、上巻−298−3]別橋に来た。先夜は可なりあるように思ったが、駅逓《えきてい》から十丁には過ぎぬ。聞けば、関牧場は西の方ニオトマムの辺から起って、斗満の谷を川と東へ下り、※[#「陸」の「こざと」に代えて「冫」、上巻−298−4]別川クンボベツ川斗満川の相会する※[#「陸」の「こざと」に代えて「冫」、上巻−298−5]別谷《りくんべつだに》を東のトマリとして南に折れ、三川合して名をあらためて利別川《としべつがわ》の谷を下って上利別原野の一部に及び、云わば一大《いちだい》鎌状《かまなり》をなして、東西四里、南北一里余、三千余町歩、※[#「陸」の「こざと」に代えて「冫」、上巻−298−7]別停車場及※[#「陸」の「こざと」に代えて「冫」、上巻−298−7]別市街も其内にある。鉄道院では、池田駅高島駅等附近の農牧場所有者の姓氏を駅の名に附する先例により、今の停車場も関と命名すべく内意を示したが、関翁が辞して※[#「陸」の「こざと」に代えて「冫」、上巻−298−8]別駅《りくんべつえき》となったそうな。市街は見ず、橋から引返えす。帰路斗満橋上に立って、やゝ久しく水の流を眺める。此あたり川幅《かわはば》六七間も
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