州街道口に一台の車も居ない。媒妁夫婦は、潜《くぐ》りの障子だけあかりのさした店に入って、足駄《あしだ》と傘とブラ提灯《ちょうちん》と蝋燭とマッチと糸経《いとだて》を買った。而《そう》しておの/\糸経を被《かぶ》り、男が二人のぬいだ日和下駄を風呂敷包《ふろしきづつみ》にして腰につけ、小婢《こおんな》にみやげの折詰|二箇《ふたつ》半巾《はんかち》に包んで片手にぶら下げて、尻高々とからげれば、妻は一張羅《いっちょうら》の夏帯を濡《ぬ》らすまいとて風呂敷を腰に巻き、単衣の裾短に引き上げて、提灯ぶら提げ、人通りも絶え果てた甲州街道三里の泥水をピチャリ/\足駄に云わして帰った。
「如何《どう》だ、此《この》態《ざま》を勝田君に書いてもらったら、一寸《ちょっと》茶番《ちゃばん》の道行が出来ようじゃないか」
 夫が笑えば、妻も噴《ふ》き出し、
「本当にね」
と相槌《あいづち》をうった。
 新郎《しんろう》勝田君は、若手で錚々《そうそう》たる劇作家《ドラマチスト》である。
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     螢

 先刻《さっき》から田圃《たんぼ》に呼びかわす男の子の声がして居たと思うたら、闇《やみ》の門口から小さな影が二つ三つ四つ縁先にあらわれた。小さな握拳《にぎりこぶし》の指の間から、ちら/\碧《あお》い光を見せて居る。
 皆近所の子で、先夜|主人《あるじ》が「ミゼラーブル」の話を聞いて息をのんだ連中《れんじゅう》である。
「螢を捕《と》ったね」
「え」
と一人が云ったが、
「あ、此れに這《は》わせて見べいや」
と云って、縁先《えんさき》に据《す》えてある切株の上の小さな姫蘆《ひめあし》の橢円形《だえんけい》の水盤《すいばん》へ、窃《そっ》と拳《こぶし》の中のものを移した。
 すると、余《よ》の子供が吾も吾もと皆手を水盤の上に解《と》いた。水を吹いた小さな姫蘆の葉の上、茎の間、蘆の根ざす小さな岩の上に、生きた、緑玉《りょくぎょく》、碧玉、孔雀石《くじゃくせき》の片がほろ/\とこぼれて、其数約二十余、葉末の露にも深さ一分の水盤の水にも映《うつ》って、光ったり、消えたり、嬉《うれ》しそうに明滅《めいめつ》して、飛び立とうともしない。
「綺麗《きれい》だ喃《なあ》」
「綺麗だ喃」
 皆|嬉々《きき》としてしたり貌《がお》にほめそやす。
「皆何してるだか」
 云って、また二人《ふたり》男の子が草
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